勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(272)

9人目の三振男 記録に残るがな 悲しい気持ちで打席に

加藤(手前)から三振を奪い、9連続三振の記録を達成した江夏
加藤(手前)から三振を奪い、9連続三振の記録を達成した江夏

■勇者の物語(271)

昭和46年7月17日、西宮球場で行われたオールスター第1戦、先発のマウンドに上がった阪神のエース江夏は、パ・リーグの並み居る打者をバッタバッタと三振に切って取った。そう、いまでも記録に残る江夏の〝9連続奪三振〟である。

◇第1戦 7月17日 西宮球場

全セ 040 000 100=5

全パ 000 000 000=0

(勝)江夏1勝 〔敗〕米田1敗

(本)江夏①(米田)

<一回>有藤(ロッテ)、基(西鉄)、長池(阪急)<二回>江藤(ロッテ)、土井(近鉄)、東田(西鉄)<三回>阪本(阪急)、岡村(阪急)そして「9人目の打者」が加藤。二回に4点を失いKOされた先発・米田(阪急)に代わって「9番・一塁」に入っていた。

「よし、オレが打ったる!」。さぞや燃えて打席に向かった―と思いきや。

「打つ気なんてあるかいな。というより打てる気がせんかったわ。よりによってなんでオレが9人目やねん。三振したら記録に残ってしまうがな…と悲しい気持ちで打席に向かった」とヒデさんは当時を振り返った。

加藤は打席に向かう前、ベンチでパ・リーグの監督を務める濃人渉監督(ロッテ)に直訴した。「ほかにええ右打者がおるやないですか。代えてくださいよ。記録に残るのイヤです」。すると濃人監督は「ダメだ。江夏と対戦してバッティングを狂わせてこい」と突っぱねた。

当時、阪急とロッテは優勝争いを演じていた。オールスター直前、7月15日の12回戦(西宮)では加藤が成田から右翼へサヨナラ2ラン。2位ロッテに6ゲーム差をつけた。そしてこの年から西本監督に「3番」を指名された加藤は、打率・333、18本塁打、60打点の打撃ベストテン3位の好成績を残していた。

「狂ってこい―とはひどい話やろ。けど、当時の江夏から一球でもファウルできたんやから大したもんや」

1―1後の3球目を一塁寄りのバックネット方向へファウル。江夏がマウンドから「ブッちゃん、追うな!」と叫んだ一球である。そのあと空振り。めでたく9人目の三振男になった。それから毎年、オールスターの時期になると「取材されて難儀した」という。加藤と江夏の〝因縁〟のお話である。(敬称略)

■勇者の物語(273)