ビブリオエッセー

謎めいた悲運の彼女 「星の時」クラリッセ・リスペクトル著 福嶋伸洋訳(河出書房新社)

40年前のブラジル留学中に北東部全州をバスで旅行したことがあった。パライーバ州奥地の荒野にある小さな村でバスを待っていた時のこと。教会の石段に座っていると、一人の少女から自作の詩をもらった。愛くるしい笑顔だけは覚えている。この小説に出てくる若い女性、マカベーアに重ねてみると、あの詩は聖句だったのかもしれないと思えてきた。

著者はブラジルの女性作家。生地ウクライナからユダヤ人への迫害を逃れ、移住した。故人だが昨年の生誕100年で再評価されている。

この小説は少し奇妙なつくりだ。主人公の「ぼく」は作家のロドリーゴで、その「ぼく」が創作した物語の主人公が、パライーバからリオへ来た「北東部の女(ノルデスチーナ)」、貧しき19歳のマカベーアなのだ。

「この物語には――自由意思がぼくにあるものとして決めつけるけれど――だいたい七人の登場人物がいて、もちろん、ぼくはなかでも最も重要な人物のひとりだ」とロドリーゴ自身が書くように彼の語りで進行し、筋書きがあってないような物語である。だからこそマカベーアは謎めいてくるが、その扱いに驚いた。

「彼女がばかな女だったという話ではなく、ばかな人間の幸せが存在するということだ」

ロドリーゴは自分の主人公を手ひどく突き放す。恋人に見放された時も「マカベーアの卵巣は、火を通したキノコみたいにしおれていた」と容赦ない。そして不幸の見本のような結末に至るが「ぼく」はそんな彼女に恋している。

その語りはマゾヒズムに満ち、底知れぬ快感すら漂う。いかにばかにされようと無垢にふるまう彼女は影絵のごとく感情を出さない。出さないからこそ「北東部の女」の悲運が際立つ。これはもう語りの魔力という他はないだろう。

山形県天童市 古間恵一(63)

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