渋沢栄一。わが国の「近代資本主義の父」であり、ご存じ、現在放送中のNHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公である。91年におよぶ渋沢の一生は大きく「志士・任官時代」「実業界指導時代」「社会・公共事業尽力時代」の3期に分けられる。と同時に彼は、激動期の人物像や社会、歴史観を後世に伝える「語り部」でもあった。『渋沢栄一伝記資料』や『渋沢栄一全集』、また自伝『雨夜譚(あまよがたり)』や『論語と算盤(そろばん)』をはじめとする著作・著述をもとに、幕末維新期や「坂の上の雲の時代」を駆け抜けた人々とそのエピソードを、渋沢の目を通してつづってみたい。(編集委員・関厚夫)
豚鍋と政権構想
「私が、京都で初めて西郷隆盛に会うたのは、元治元(1864)年二、三月の頃であった。長州征伐(第一次)の片がついて、征長総督徳川慶勝(尾張藩の実権を握っていた元藩主)から、(長州藩主の)毛利敬親父子伏罪、防長(長州藩を構成する2州)鎮定の旨を奏上した、何でも、その前後である。西郷は、当時、相国寺に宿をとっていた」(旧仮名遣いや旧漢字、句読点などを編集。以下の引用も同様)