【話の肖像画】デザイナー・コシノジュンコ(81)(17) 苦労が報われた舞台、映画の衣装 - 産経ニュース

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話の肖像画

デザイナー・コシノジュンコ(81)(17) 苦労が報われた舞台、映画の衣装

(松井英幸撮影)
(松井英幸撮影)

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《一般的なファッションだけでなく映画や舞台の衣装も多く手掛けている。これまでの経験が衣装の着想にも生きている》


初めて舞台衣装を手掛けたのが1966(昭和41)年のこと。宇野亜喜良さんの紹介で、栗田勇さんの小説「愛奴(あいど)」を舞台にしたものでした。宇野さんをはじめ、横尾忠則さんや寺山修司さんら、身近だけれど一流のアーティストたちに誘われて、一緒に舞台制作に関わるようになっていきました。

その翌年には、寺山さん演出の舞台「毛皮のマリー」の衣装を担当することに。とても思い出に残る仕事でしたが、これは本当に大変でした。

主演は当時、新進気鋭のシャンソン歌手だった美輪明宏さん。ストーリーは、女装をしている男娼マリーが美少年を部屋に閉じ込め、一緒に生活をすることで新しい世界を開いていく―というもの。

舞台装置は横尾さんが手がけました。ところが、装置のサイズが舞台に合っていなかったり、組み立てたら壊れてきちゃったりと、トラブルの連続。結局、横尾さんは舞台を降板し、セットを引き揚げてしまった。そこで美輪さんの私物のアンティーク家具を装置に使うなどして、事なきを得ましたが、舞台は本当にバタバタでした。

そして今度は衣装でもトラブルが。

主役のマリーが着る毛皮は、せっかくだから「普通じゃないもの」にしたかった。毛皮だとあまりにも無難だと思ったので、不織布で作った衣装を提案しました。

すると、美輪さんからは「毛皮のマリーなのに毛皮を着ないなんておかしい。紙の服なんて着ないわ」といわれてしまって。私も簡単には引き下がらないので、真っ暗な舞台上で大げんか。

最終的には、美輪さんが「自分の毛皮を持ってきます」といって、それが使われることに。このシーンについては、「コシノジュンコの衣装ではありません」というクレジットがつけられました。

《これまで手掛けた数ある衣装の中でも印象的なのは、手塚治虫さんの長編漫画「火の鳥」の実写映画だ》

メガホンを取ったのは、「ビルマの竪琴」や「犬神家の一族」などで知られる巨匠、市川崑さん。脚本は谷川俊太郎さん、出演者には、高峰三枝子さん、草笛光子さん、草刈正雄さん―。そうそうたる顔ぶれで、その企画の大きさに気合が入りました。

映画の舞台が古代の邪馬台国だったため、だれも見たことがない世界。自分でその世界を想像した。もし私が砂漠で一人取り残されたとしたら、どうするだろう、と。

きっと着るものも何もかも、すべて自然のものに違いない。人工的なものはないだろうと考えた。脚本がまだできていない段階で、デザイン画を一気に描きあげました。

「自然」に仕上げなければいけないので、糸から布からすべて手作りにしました。ただ、この作業が本当に手間で大変! 糸を撚(よ)って、ミシンは使わずに手で布を織ったり、動物の皮を干して、するめのように割いて織ったり…。気の遠くなる作業の連続です。

そのため、クランクインしても衣装がまだ出来上がらず、毎日「衣装待ち」の状態に。撮影ギリギリまで待ってもらい、出来たての服を現場に持っていっていました。

その苦労が実り、かっこよくて、とっておきの衣装に仕上がりました。(聞き手 石橋明日佳)

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