古典個展

真の緊急事態宣言が必要 大阪大名誉教授・加地伸行

大阪大名誉教授 加地伸行
大阪大名誉教授 加地伸行

新型コロナ禍の日々、患者が増えて多数となると「緊急事態宣言」発令。しばらくしてそれの解除、また発令、また解除…ということの繰り返し。

人々はそれに慣れてきて「緊急事態宣言」が出ても、あ、そう、といった程度の感じ。なんとも真剣さに欠けている。

もしこの事態が、例えば、武器による日本への攻撃であるとすると、現行の「緊急事態宣言」などという柔(やわ)な話ですむであろうか。

そういう国家有事のときは、日本を除き、一般国家では、まずは戒厳令、そして軍の動員となるのが普通である。しかし、日本ではそれができない。

なぜか。答えは実は、みながよく知っている。

すなわち、先の大戦に敗れ、勝利者のアメリカら占領軍によって現憲法を押しつけられ、軍を持つことができなくなり、当然、戒厳令も消滅させられた。

さて現代。日本周辺の諸国政府は、自己の政権維持に必死である。例えば中国。習近平国家主席は自己擁護に全力を尽くしている。担う政権の期限が来れば、素直にその地位を他者に譲れば済むものを、あらゆる手段を使って習政権の維持を図っている。

彼らの手法は同一。例えば生活が苦しくなり、政府批判の声が高まってくると、周辺の外国にその原因があると言い立て、政権への不満を外国批判に曲(ま)げ向け、悪のすべての原因をそこへ集中させてゆく。その典型として<尖閣諸島を日本は不法占領している>と猛宣伝することであろう。もちろん実力行使もしてくる。そのとき、日本政府はどうするのか。まともな方策はあるのか。

おそらく「話し合いを続けよう」という柔な話が関の山。それでは屁(へ)の突っ張りにもならない。相手はわが国の領土に上陸してくる可能性がある。

とすれば、コロナ禍の今なればこそ政府の「緊急事態宣言」の実質化を行うべきである。すなわちまず戒厳令に関する法整備を行うことである。

大正12(1923)年、関東大震災のとき、東京府(当時)、そして、神奈川・千葉・埼玉の3県に対して、政府は緊急勅令に基づく、いわゆる「行政戒厳」を宣告した。

すなわち、平時の行政権・司法権の一部を停止し、それを軍の司令官に委(ゆだ)ねたのである。

当然、現自衛隊を正式に軍として法律で規定すべきである。

かつて存在した日本軍も戒厳令も、勝者となった占領軍によって廃止されたが、日本をまともな国家として立て直すには、軍と戒厳令が必要なのではないか。

今、コロナ禍の中にあればこそ、一致協力して必要とする法を整備すべきではないのか。現行の「緊急事態宣言」には真の強制力がなく、出したり引っ込めたりされている姿は、無惨(むざん)。

日本人は団結が得意。その特性の下、法整備をすべきだ。

『孫子』九地に曰(いわ)く、その舟を同じくして〔川を〕済(わた)るに当(あた)り、風に遇(あ)ふや、その相(あ)ひ救(たす)くること左右の手のごとし、と。 (かじ のぶゆき)