書評

『母』青木さやか著 何げない会話が心に染みる

『母』
『母』

タレントとして活躍する著者のエッセー集は、彼女と母の関係を軸にしている。母親が癌(がん)を患い亡くなる直前になっても、彼女はなかなか母に対して素直になれない。著者は幼い頃、母親にかわいがられた記憶がない。それでも厳しい母の期待に応えようと努力してきたが、両親の離婚でその気持ちも挫(くじ)けてしまう。それからずっと母に対して頑(かたく)なな気持ちを抱いてきた。

自分が子供を産み、母親になってもそれは変わらない。孫娘を抱く母親に向かって「わたしは大事にされてこなかった、そんなわたしの娘をよく抱けるよね」と言って傷つけてしまう。

母親に対するわだかまりは直接的な母娘関係だけではなく、人生のあらゆる面に響いている。売れないタレントだった20代の生活は、どこか侘(わび)しい。単に仕事で報われないとか、経済的に不安定だということとは別のところから来る寂しさに満ちている。パチンコや麻雀(マージャン)にハマり、恋人を失い、キャバクラでのバイトも長続きしない。

彼女と母親の問題はとても普遍的で、思い当たる人も多いはずだ。しかし実際は自分の個人的な体験を、共感を誘う物語として描き出すのは難しい。この本で印象的なのは、パチンコ店の常連や、自分を雇ってくれた雀荘の主人、自分と同じように売れない芸人である先輩といった人々との会話だ。

特別な言葉は何も使われていないのに、何故(なぜ)だかどのやりとりも染みてくる。それは彼女が自分にかけられるささやかな言葉から思いやりを敏感に感じとる力があるからで、逆に言うとそれだけ優しさに飢え、求めているからでもある。それだけのことを何げない会話に込められる、その文章力に感心する。ドラマチック過ぎない言葉の中に、本当の人間のドラマがある。

やがて彼女は自分を愛せない自分自身の寂しさに気がつき、その理由に向き合うときがやってくる。一体、自分は誰に優しくしてほしかったのか。誰に優しくしたかったのか。

彼女と母親の会話の中には、狙いすましたような言葉は何もない。だからこそ、まるで自分が経験したかのように思わせられる。読む人の胸に素直に届く美しさがある。(中央公論新社・1540円)

評・山崎まどか(コラムニスト、翻訳家)