池袋暴走事故公判結審詳報

(5)拓也さん「被告には心を踏みにじられた」

東京・池袋の乗用車暴走事故の被告人質問を終え、記者会見する遺族の松永拓也さん=6月21日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ
東京・池袋の乗用車暴走事故の被告人質問を終え、記者会見する遺族の松永拓也さん=6月21日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ

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《東京・池袋で平成31年4月、乗用車が暴走して通行人を次々とはね、松永真菜(まな)さん=当時(31)=と長女、莉子(りこ)ちゃん=同(3)=が死亡した事故で、自動車運転処罰法違反(過失致死傷)の罪に問われた旧通産省工業技術院の元院長、飯塚幸三被告(90)の公判は、真菜さんの夫、拓也さん(34)の意見陳述が続く》

拓也さん「(事故前に)真菜から『3人で沖縄に移住したい。海のそばで、中古でいいから家を買いたい』と言われ、翌年に移住しようと約束していました。莉子が独り立ちしても、真菜と命果てるまで生きていくのだと漠然と思っていました」

拓也さん「事故の日はいつもと同じように、玄関で抱き合いながら『行ってきます』と伝えました。昼休みにもテレビ電話をするのが日課で、『自転車なんて珍しいね、気をつけて帰るんだよ。定時には帰るからね』と伝えました」

《いつもの日常と変わらぬ幸せな家族生活。しかし、事故の一報ですべてが暗転した》

拓也さん「事故の連絡を受けたときは、2人の命があるのか教えてもらえませんでした。電車で病院に向かいながら『これは夢だ』と。しかし、2人が心肺停止というニュースを見て、電車の床に座り込んでしまい、『無事でいてくれマナりこ』とLINE(ライン)を送りました。医師からは『即死でした』と言われ、泣き叫ぶことしかできませんでした」

《莉子ちゃんの顔を覆う布は血で染まり、看護師から顔を見るのを止められたという。葬儀屋から莉子ちゃんの顔を修復するかどうかも尋ねられたが、作業に3日かかると聞き、離れ離れにしたくないと決めた》

拓也さん「自宅に戻った2つの棺を交互に開けながら話しかけました。真菜にはどれだけ愛していたかということ。莉子には(好きだった)絵本を何度も読み聞かせしました。莉子の顔の布をめくろうとしましたが、完全に陥没しており、このままでは精神が壊れてしまうと察知しました」

《拓也さんは事故後、葛藤しながらも交通事故撲滅の活動に身を投じていった》

拓也さん「事故後は自分も死んだほうがいいのかと思う一方で、愛する人の命を無駄にしてはいけないと思いました。事故で亡くなる命を減らしたいと記者会見に応じた数日後、夢を見ました。自宅のドアを開けると真菜がいて、『どうしてここにいるの』と聞くと、『ひとりにしてごめんなさい』と言われました」

《現在も眠れない日々が続き、手の震えが起きることもあるという拓也さん。最後に語ったのは、飯塚被告への憤りだった》

拓也さん「被告がインタビューで『高齢者が安心して運転できる世の中になってほしい』と答えているのを見て、侮辱されている気持ちになりました。無罪を主張する権利は否定しませんが、被告はまったく反省していません。被告人質問では(莉子ちゃんの)漢字を答えられず、(拓也さん一家の)写真もすべて間違えていました。事故から2年以上も時間があったのに、何人もの人生を狂わせたことを考えたのでしょうか。公判で謝罪を述べたこともありましたが、私は一切受け入れていません。絶対に(刑を)減軽しないでほしい」

拓也さん「遺族の無念を飯塚被告はどう思うのでしょうか。それでも無罪だと思うなら、一生重い十字架を背負う覚悟をしてください。人を恨み続けることは辛い。真菜のことを思うと憎みたくはありませんが、被告には心を踏みにじられた。私たちの心は決して元には戻りません。裁判所には重い実刑判決を望みます」

《拓也さんの意見陳述が終わると、裁判長が「休廷ではないが、事実上の休憩の時間を取る」と告げ、飯塚被告、遺族ら双方がいったん退廷した。しかし休憩の時間を指定していなかったため、飯塚被告は10分経っても法廷に戻らず、裁判長が書記官に様子を見に行くよう指示。午後3時半ごろに飯塚被告がようやく姿を見せ、検察側の論告が始まった》

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【池袋暴走事故公判詳報】飯塚被告「心苦しいが、過失はないものと思います」(6月21日の被告人質問)

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