池袋暴走事故公判結審詳報

(2)「私たちが裁かれているよう」

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《東京・池袋で平成31年4月、乗用車が暴走して通行人を次々とはね、松永真菜さん=当時(31)=と長女、莉子ちゃん=同(3)=が死亡した事故で、自動車運転処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われた旧通産省工業技術院の元院長、飯塚幸三被告(90)の公判は、真菜さんの父、上原義教さんの意見陳述が続いている》

上原さん「事故のことは、(真菜さんの夫の)拓也君からの電話で知りました。泣きながら『これから病院に行きます』と。その後、拓也君から亡くなったことを伝えられましたが、私は直接2人に会って確認するまでは信じられませんでした」

上原さん「葬式は、夢を見ているような感じでした。皆が帰った後、2人に『痛かったね』と語りかけました。莉子には『ごめんね。じいじが代わってあげられなくて』と。2人は別のお棺に入っており、かわいそうでした。別々でさみしいだろうなと思いました」

上原さん「私も悔しい気持ちがあり、拓也君が一生懸命やっているので、東京での署名活動のために上京しました。東京は殺伐としていると思っていましたが、2人のことに寄り添って泣いてくれた人もいました。真菜もそんなに悪いところに住んでいたわけではないんだなと。署名に参加してよかったと思いました。沖縄でも多くの方が署名してくださり、心から感謝いたします」

上原さん「裁判のたびに上京して参加していますが、何のために上京しているのかと思います。誰が悪いか分かっているのに、加害者に寄り添っている。私たちが裁かれている気がします。私は車の整備士をしていただけに、腹立たしいです。被告人質問の後には夜も眠れず、体が固着したようになりました。初めての経験でした」

上原さん「真菜の顔や手の傷、莉子の遺体を見て、本当に苦しかったです。まだ信じられない、戻ってきそうな気がしてなりません。次女が亡くなったときは医師から説明があり、心の準備がありましたが、もうすぐ沖縄に戻ってくると言っていた真菜と莉子が亡くなったことは、受け入れられません。真菜は耳に残る声をしていたので、玄関を開けると、声が聞こえるような気がします。この意見陳述のために、辛くて片づけていた写真を出してきました。本当に神様がいるなら、返してくれというのが一番の気持ちです」

上原さん「今一番心配なのは拓也君です。妻と娘を一度に亡くしてしまった。飯塚さん、あなたも人の子なら、車のせいにせず、罪に向き合ってください。自分の子供や孫に同じことが起きたら許せますか。刑務所の中で反省する時間を持ってほしいと思っています。2人は戻りませんが、せめて反省だけでもしてほしいです」

《約20分間に及んだ上原さんの意見陳述が終わると、うつむき続けていた飯塚被告は、わずかに顔を上げた》

=(3)真菜さん妹「もう私は無になりました」に続く