池袋公判

夫の松永拓也さん、意見陳述全文

ある日、被告人がテレビのインタビューで、「」安全な車を開発するようにメーカーの方に心がけていただき、高齢者が安心して運転できるような世の中になってほしいと願っている」と答えていました。あまりにも軽く、他人事のような発言で、侮辱されているような気持ちになりました。その後、被告人からの謝罪要請が何度か来ましたが、謝罪の意味が分からないので全て断りました。起訴される寸前の令和2年1月17日を最後に、謝罪要請は来なくなりました。私達に対する思いは、その程度なのでしょう。

6、被害者参加をして思うこと

私は法律の専門家ではありませんが、私なりに思うことを述べます。

大前提として、無罪主張をする被告人の権利は否定しません。大いに権利を行使すればいいと思います。その上で、被告人を裁くのは裁判所だと認識しています。とはいえ、私は遺族として、被告人は全く反省していないと思っています。

この後、検察官から被告人の主張は一蹴されることと思いますが、被告人の主張は常識的にも、技術的にも、あまりにも無理があると思います。被告人は、日本の中でもトップクラスの工学的知識を持ち、論理的思考が出来るはずです。だからこそ、自分の主張に無理があることは、本人が一番よく分かっていると思います。弁護人は「無罪主張は無理がある」と進言しなかったのでしょうか。

前回の被告人質問で、「故意に事故を起こしていないことを理解している私達が、なぜあなたに怒りを感じていると思っているか」と聞いた時、被告人は、「被害者が加害者を許さないのは当然で、致し方ないことだ」と言いました。違います。数々の証拠を突きつけられてもなお荒唐無稽な主張を続ける被告人に対し、私たちは2年間も苦しめられ、憤りを覚えているのです。

私が、真菜と莉子の名前を認識しているか、生前の写真を覚えているかを一番最初に聞いたのは何故だと思いますか。それは被告人が、命や遺族と向き合っているとは思えなかったからです。名前というのは、親から子への最初のプレゼントであり、願いを込めてつけられ、一生を終えるまで大切にするものです。莉子がそうだったように、漢字にも意味があります。被告人は、自身が奪った命なのに答えられませんでした。生前の写真も、すべて番号を振り、どのような写真なのかを言葉で補足してあるのに、全て間違えていました。調書によると、被告人は自動車の不具合情報などをインターネットで調べていたそうですが、二人に対しては興味がなかったのでしょう。

被告人には、事故から2年以上も時間がありました。二人の命を奪い、9人もの方々に重軽傷を与え、何人もの人生を狂わせたことを真剣に考えたのでしょうか。2年間向き合った上での主張でしょうか。第一回公判で、私達に向かって謝罪をしましたが、過失がないと言いながら謝罪をする意味が分かりません。裁判で罪を軽くするための口先だけの謝罪だと思っています。私は被告人が裁判で述べた謝罪は一切受け入れていませんので、形式上謝罪をしたという理由で絶対に減刑しないでください。

今日、生前の二人の話や、自身が奪った命、私達遺族の無念を聞いて、飯塚被告人はどう思うのでしょうか。「どういう2年間を過ごしていたか」という被告人質問に対し、リハビリが辛かったと答えてしまう被告人ですから、特に胸は傷んでいないと思います。遺族や被害者の言葉を全てを漏らさずにしっかりと聞いても尚無罪だと思うならば、大いに権利を行使すればいいと思います。ただし、それを突き通すなら、一生重い十字架を背負う覚悟をしてください。

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