池袋公判

夫の松永拓也さん、意見陳述全文

閉廷後、妻真菜さんと長女莉子ちゃんの写真を前に記者会見する松永拓也さん=15日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ
閉廷後、妻真菜さんと長女莉子ちゃんの写真を前に記者会見する松永拓也さん=15日午後、東京・霞が関の司法記者クラブ

東京・池袋の暴走事故で妻の松永真菜(まな)さん=当時(31)=と長女、莉子(りこ)ちゃん=同(3)=を亡くした松永拓也さん(34)が15日に東京地裁であった論告求刑公判で行った意見陳述は次の通り(文面は原文通り)。

1、はじめに

私は、松永真菜の夫であり、松永莉子の父でもある松永拓也です。あの事故により、突然一人残されてしまいました。本日は、命を奪われた妻と娘がどんな人だったか、私にとってどれほど大切な存在だったのか。どれほど愛し、幸せだったのかについてお伝えします。

本来は、いくら時間を頂いても、どれだけ言葉を重ねても足りません。ですが、懸命に生きて輝いていた31歳の女性と、たった3年しか生きられなかった女の子のことを、どうか知っていただきたいです。そして、どん底に突き落とされた遺族の悲しみや葛藤と、被告人が無罪を主張することに対する苦悩をお伝えします。そして、飯塚幸三被告人に対し、法律で与えられる範囲で最大の刑罰を与えていただきたく、意見を述べます。

2、妻 松永真菜について

妻である松永真菜のことは、いつも「真菜」と呼んでいましたので、この場でも「真菜」と呼びます。

真菜とは、平成25年、沖縄の母方の親族の集まりで出会いました。私が27歳、真菜が26歳でした。二人で夕食を共にすることになり、待ち合わせで出会った瞬間に、とても美しい人だと思い、私は一目惚れしました。真菜は寡黙な性格でしたが、食事中ずっと私の話を笑顔で聞いてくれました。

温かく穏やかな真菜の人柄に惹かれ、東京に帰ってからも毎日電話をし、月に2~3回は東京から沖縄に会いに行きました。様々な観光地や島巡りをし、これ以上無い程に楽しい日々でした。今でも色褪せない大事な思い出です。真菜は人の悪口や愚痴を決して言わない人でした。出会った日から亡くなる日まで、たった一度も聞いたことがありません。私はそんな彼女を、心の底から尊敬していました。

真菜に交際を申し込みましたが、二度断られました。後で知ったのですが、真菜はお姉さんを白血病で亡くしており、ご家族のことを想うと、どうしても沖縄を離れる決断が出来なかったそうです。

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