高級化粧筆がピンチ 中国産イタチ毛が入ってこない

熊野筆事業協同組合に展示されているフラミンゴの羽根を使って作られた筆=広島県熊野町
熊野筆事業協同組合に展示されているフラミンゴの羽根を使って作られた筆=広島県熊野町

世界から絶賛される広島県熊野町の伝統工芸品「熊野筆」が苦境に立っている。新型コロナウイルスの感染拡大で中国政府が野生動物の取引を禁止したことの影響とみられる。特に高品質の筆に用いられるイタチの毛が激減しているという。熊野筆といえば、平成23年に国民栄誉賞を受賞したサッカー女子の「なでしこジャパン」に贈られた「世界一の化粧筆」で知られる、日本を代表する伝統工芸品だ。合成繊維などの代用品の研究も行われているが、高品質を保つのは至難の業だという。

熊野筆事業協同組合に展示されている動物の毛。右から2番目がイタチの毛=広島県熊野町
熊野筆事業協同組合に展示されている動物の毛。右から2番目がイタチの毛=広島県熊野町

コロナの影響が直撃

熊野筆には書道用筆や絵画用の画筆、化粧筆、出産記念で作られる誕生筆などがある。「お客さんの数だけ筆の種類はある」と胸を張るのは熊野筆事業協同組合の吉川美樹事務局長だ。

熊野筆事業協同組合によると、筆の穂首(ほくび)の材料には動物の毛が使われており、主に馬やシカ、ヤギ、タヌキ、ムジナ、イタチなどの毛が用いられる。なかでもイタチは高品質の筆に使用されてきたという。

こうした毛の輸入先は中国が9割以上だが、化粧筆を生産する竹森臣理事長は「化粧筆としての毛の仕入れは今年、半分ぐらい落ちた」と説明する。

さらに昨年2月、コロナの影響で中国政府が野生動物の取引を禁止。竹森理事長は「熊野筆の主な原料の一つであるイタチも禁止となった。それまでも値段は高騰していたが、今は捕獲もされていないようだ」と話す。

イタチは毛先がなめらかでまとまりもある上に、腰があるのが特徴で、毛筆では筆のすべりも良く、左右のはらいがきれいにかけたり、化粧筆ではアイライナーなどに適しており、高品質の筆には欠かせない。しかし「2~3年前でも1キロ20万~30万円していたが、今は在庫しかないため、買うとなるとおそらく80万円ぐらいする」と竹森理事長。熊野では今年、イタチの毛の入荷はほぼなかったという。

仕入れても、筆そのものの値段を上げざるを得ない。また、このまま入荷できなくなれば、イタチ毛による高品質の筆を作れなくなる。「今は在庫があるのでまったく作れなくなる、ということはないと思うが…」と竹森理事長は苦渋の表情を浮かべる。

熊野筆事業協同組合では約10年にわたり、イタチの毛に代わる代用品を研究してきたというが、製品化にはいたっていない。

穂首づくりの様子。各工程で職人がすべて手作業で行っている=平成20年3月撮影
穂首づくりの様子。各工程で職人がすべて手作業で行っている=平成20年3月撮影

江戸時代から

熊野の筆作りの始まりは江戸時代末期ごろ。熊野町制作のパンフレットなどによると当時、農地の少なかった熊野では農閑期は多くの農民が出稼ぎに出ていたという。出稼ぎ後、奈良などで仕入れた筆や墨を行商しながら帰省。そうした繰り返しの中で、筆作りを学び、技術を村に伝える人が現れ、筆作りを広めたという。

すばらしいのは筆作りの優れた技術。毛の一本一本にこだわった手作りが特徴で、毛の選別から穂首の仕上げまで70を超える工程は熟練の技そのものだ。

丁寧な作業によって、化粧筆ならきめ細かな極上の肌触りを生み出し、化粧乗りと発色をよくし、色の濃淡を調整しやすくする。毛筆なら、かすれやハネのような味わいのある表現を作り出す。

同じ動物の毛でも体の部位によって弾力が異なるといい、さまざまな毛の組み合わせは長年の経験と勘が頼りだ。

いただいた命

昭和初期には野口雨情作詞の「熊野筆まつり」という歌までつくられた。その筆まつりは毎年9月に開催され、会場の一つで筆塚のある榊山神社境内では筆供養などが行われている。

熊野の筆の生産者にとって動物への思いは強い。原料の毛は食用などの後に残った副産物であり、大事に1本1本活用してきた。

こうした毛を有効活用し、筆と動物を身近に感じてもらおうと組合では広島市安佐動物公園とタッグを組んで、落ちた毛で筆を作るという取り組みも行っている。最近では人気のアミメキリン「はぐみ」のたてがみを使った筆を作り、10日には贈呈式が行われた。

「いただいた命である毛なので、大事に使わせていただいている。それをわれわれのもっている技術で筆という道具になって、それを使っていただきたいという思い」と吉川事務局長は話していた。知加子知加子)