【勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(269)】ええ格好しい「わざと聞こえるように。気にするな」 - 産経ニュース

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勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(269)

ええ格好しい「わざと聞こえるように。気にするな」

「長らくお世話になりました」と神妙な顔で挨拶して阪神を去った江本孟紀投手
「長らくお世話になりました」と神妙な顔で挨拶して阪神を去った江本孟紀投手

「首脳陣はオレをまったく信用しとらんのや。160球以上も投げとったんやから、疲れてるのはわかってたはず。ピンチのところでは代えずに、同点にされてベンチに戻ったら交代が決まっとった。そんなアホなことがあるか」

江本は真っ向から首脳陣を批判した。翌8月27日のスポーツ各紙はこの「事件」を大きく報じた。阪神も江本を球団に呼びつけ、発言の真意などを聞いた。

正午過ぎ、大阪・梅田の球団事務所は100人近い報道陣でごった返していた。〈エモさんはどうなるんやろう。まさかクビには…〉。江本自らの口で独り言を公式発言に変えたとはいえ、きっかけとなった〝肉声〟を聞いていただけに、後ろめたさがあった。

球団の事情聴取は4時間に及んだ。そしていきなり江本の「退団」が発表された。当初は「謹慎処分」を言い渡すつもりでいたが、話し合いの中で江本から「謹慎するぐらいなら、前夜の発言の責任を取って退団したい」という申し出があり、球団もこれを了承。すぐさま「任意引退」の手続きを取ったという。

「本人が辞めさせてくれというので、どうしようもなかった。覚悟してきたというものを止めるわけにもいかんだろう」と小津球団社長。ほとんど慰留もせず、渡りに船かのような退団劇。いいようのない冷たさを感じた。

江本のいう「ベンチ」とは中西太監督のこと。中西が評論家をしていたころから江本は嫌っていた。

「あるとき解説で太っさんが阪神のことをボロクソにこき下ろした。そこまで言うかと思うほどウチの選手をけなし、ひどかった。そして最後に〝こんなチームのコーチは絶対にやらない〟とまで…。そんな人が打撃コーチで来て、監督になった。信用できると思うか?」

だから、退団会見の席で『選手をけなすような評論家にはなりたくない』と言うたんですね。

「そうや。OBは後輩を叱咤(しった)激励してもけなしたらアカン。それが礼儀やと思う」。そして筆者を気遣ってこう語った。

「今回のことがなくても、オフには辞めるつもりやった。それに、お前がまだ入り口におると思ったから、わざと聞こえるように言うたんや。気にするな」

エモさんは格好よく阪神を去った。(敬称略)