スポーツ茶論

「伝説のスカウト」が教えたこと 北川信行

播戸竜二、本田圭佑、家長昭博、鎌田大地、井手口陽介、堂安律(どうあん・りつ)…。サッカーJ1のガンバ大阪でスカウト部長やアカデミー本部長を務めた二宮博さんは、そうそうたる選手の獲得や育成に関わってきた。59歳となるのを前に今年1月、27年間務めてきたクラブを退職。今は自身がガンバ大阪にスカウトした元Jリーガー、嵜本晋輔氏が社長を務める「バリュエンスホールディングス」に転職し、同社のスポーツ関連事業に携わっている。

先日、僚紙のサンケイスポーツが「THE 核心」のタイトルで連載した二宮さんのインタビューを再構成し、大阪本社発行の夕刊で「ガンバ大阪の人材育成の極意」として紹介した。反響が大きかったそうで、二宮さんから丁寧なお礼の言葉をいただいた。

掲載させていただいたこちらの方が謝意を申し上げるべきなのに…と恐縮しつつ、この丁重さと律義さこそが、二宮さんが「伝説のスカウト」と呼ばれてきた要因ではないかと思った。

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ガンバ大阪に就職する前は、生まれ育った愛媛県で中学校の教諭を務めていた二宮さんがインタビューで主張したのは「選手の成長には環境と指導者、教育が欠かせない」。かいつまんで記すと、ガンバ大阪のジュニアユース(中学年代)からユース(高校年代)に昇格できなかった本田は石川・星稜高で自身の強みを生かしてくれる指導者にめぐりあい、才能を開花させた。同じようにユース昇格を逃した鎌田も父親と一緒に進学先を探し、自身に合った環境があり、父親の知り合いの指導者がいる京都・東山高を選んだことで、プロ選手になる道が開けた。

ユースチームの選手の就学先として大阪・追手門学院高と提携した際には、「体育=サッカー」だけではなく「知育」や「徳育」をどうするかにも心を配った。「プロになる前の若い選手たちに、世間に出ても通用する立ち居振る舞いを身に付けさせたい」と考えたからだ。背景には、①ジュニアユースやユースのチームに加入してきた全員がプロになれるわけではない②仮にプロになれたとしても、活躍できる期間は限られている③現役引退後の長い人生で、どう生計を立てていくのかを考えられるようになってほしい―との思いがあった。

その上で、二宮さんは「嵜本社長は元選手から上場企業のトップになった人物。(若い選手は)こうした、いろんな経歴を持つ人の話を聞き、何かを感じてほしい。夢を語れる人から刺激を受け、学んでほしい」とインタビューを締めくくっている。

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