ビブリオエッセー

偏愛が見つけた奇跡の力 「ダチョウはアホだが役に立つ」塚本康浩(幻冬舎)

[偏愛]…あるものや人だけを愛すること。

新米教師の頃、「光合成の研究でホタルのお尻の粉末を…」と語る同僚に「それ世の中の役に立つん?」と大笑いした。自分は鎌倉時代の裁判を研究していたくせに…。塚本先生を知ったのはテレビ番組だった。新型コロナウイルスの抗体をダチョウの卵から大量に作れることを発見し、世界中から注目されている研究者として紹介されていた。獣医師で京都府立大学学長、なにより無類のダチョウ愛好家である。

でも先生を紹介する映像はダチョウのスキをついて卵を抱え、必死の形相で逃げる姿だった。先生は怒ったダチョウに蹴りを入れられ、複雑骨折したから命がけなのだ。そのギャップがおかしくて、この本をすぐ買った。

面白い。ダチョウはアホで自分のヨメさんの顔も子供の顔も覚えられず、カラスについばまれて骨が見えるほど肉をえぐられても知らん顔でエサを食べているらしい。その鈍感力。消毒して数日もすると回復するくらい生命力が強いそうだ。なぜか、ということから研究が進んだと書いてある。その成果に、ビジネスにも応用した先生とダチョウのパワーに驚いた。

先生は小学生の頃、吃音をからかわれて学校にも通えず、大好きな鳥だけが友だちだったという。そんな人が、好きで好きでひたすら研究してきたことが日の目を見た。残念ながら今の日本は、役に立つとわかっていることにしか金を出さないし、気に入らない人を目をつりあげて攻撃する心貧しい国だ。

世の中には変な人や何の役に立つかわからないものがいっぱいある。でも困難を解決する本当の知恵は多様な個性の中からこそ出てくる。この本はそのことを教えてくれた。

神戸市東灘区 梶原基司(66)

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