コロナ禍で注目される60年前の英論争 「政治」と「科学」の対話の行方

20世紀半ばに英国で物理学者および小説家として活躍したC・P・スノーの古典的名著『二つの文化と科学革命』の新装版がこのほどみすず書房から刊行された。

同書は、1959年にケンブリッジ大学で行われ世界的に大きな論争となったスノーの講演「二つの文化と科学革命」の再録と、講演から4年後にスノー自身が論争を振り返った考察、約30年後に英の評論家が歴史的視点からスノーの講演と論争を振り返った解説の3章からなる。

タイトルにある「二つの文化」とは、「自然科学」と「人文科学」を指す。スノーは、この二つの文化の間に大きな溝がありコミュニケーションが成り立たなくなっていると指摘。このことが社会全体に不利益をもたらしているとして、食糧不足や貧富の差など世界が抱える問題を解決するためにも、文系知識人でも自然科学が理解できるように科学教育の重要性を説いた。

スノーが講演した60年前と現代では自然科学に対する期待感に違いはあるものの、科学教育が重要という説に異論のある人はいないだろう。ただ、リスクコミュニケーションに詳しい唐木英明・東京大学名誉教授は「スノーが指摘した両者の間の溝は現在もまだ埋まっていない」と指摘する。

スノーが活躍した20世紀半ば、科学技術が産業に取り込まれて経済を大きく発展させ、先進各国に大きな繁栄をもたらした。しかし、科学技術のさらなる細分化と発展は、スノーの問題提起をはるかに超える状況をうみだす。こうした状況を米国の核物理学者、アルビン・ワインバーグは72年に「トランス・サイエンス(科学に問うことはできるが科学だけでは答えを出せない問題)」と名付けたが、当時とは比べ物にならないほど科学技術に依存した21世紀の現代社会において、トランス・サイエンス的領域はさらに拡大し、悩ましい問題となっている。

新型コロナウイルス禍でもこの状況は顕著となっている。例えば、感染防止策として都市封鎖や個人活動を禁止すれば、コロナの感染拡大は抑えられるというのは、医学、つまり自然科学の答えだ。しかし、自然科学は感情や利害を考慮しないので、これを実施すれば社会と経済は破綻する。唐木名誉教授は「感染防止と社会経済活動の妥協点を探すことができるのは、感情と利害を取り扱う人文科学、すなわち政治だ。これまでの経緯を見ると、両者の対話が成功したとはとても思えない」と憂慮する。

コロナ対策だけでなく、原子力やバイオテクノロジーなど科学技術を社会の中でどう位置付け利用していくかを考える際にも二つの文化は大きくせめぎ合っている。

みすず書房の編集担当者は「新装版の出版はコロナ禍とは直接の関係はないが、科学と政治の関係を考えるうえでも示唆に富む内容だと思う。コミュニケーションの重要性、広い視野を持つことの重要性を説いている本であり、とくに大学生や高校生にお勧めしたい」と話している。