書評

『西成で生きる この街に生きる14人の素顔』花田庚彦著(彩図社・1650円)「日雇いの街」知る糸口に

かつての「釜ケ崎」。行政用語で「あいりん地区」とされてきた大阪市西成(にしなり)区の北部が「西成」と呼ばれるようになり、割によく報じられる。数多の簡易宿泊所、日雇い労働者、高齢化・福祉の街化、炊き出し、闇商売、云々(うんぬん)かんぬん。私は十数年前に路地で「耳かき1杯1万円でどう?」と声をかけられたことが記憶に鮮明だ。だが、流れてくる尖(とが)った情報と、たまたま遭遇した出来事によって十年一日のごとく「怖い街」と思うのは近視眼だと思わせられた。

本書は、西成に根をおろす14人のインタビュー集である。大半が「いい人」だ、たぶん。著者は、20年以上前に覚醒剤取引現場を取材したのを機に西成通いを続けているライターだそう。インタビューする者・される者、共に構えないから、やりとりが例えばこんなにもストレート。「最後に懲役を終えて出て来たのは何年ですか」「平成25年に出てきたのかな。パクられたのが平成22年」「罪名はなんですか」「恐喝です」。ヤクザ一筋だった人が40代後半で出所後、不動産業や介護事業に〝転職〟していた。

「(介護事業は)ぶっちゃけ行政とやれば手堅いから始められたんですか」と著者が食いつくと、「正直それもあるけど」と漏らすが、先に開始した不動産業を通じて部屋を探す障害者らと出会い、彼らを助けたくなったと語り、「死ぬ前にちょっと良いことをしたいから」と。この展開にならなければ、彼の口から出なかった言葉だろう。

元は薬物の密売人で、悪びれずに密売の実録本まで出版していた人が、薬物更生支援団体を作っている。元日雇い労働者で今は車椅子に乗る人が搾取の構造に抗して、わずかな手数料しかとらずに仕事を斡旋(あっせん)する側に回っている。商店街の空き店舗を買い取り、居酒屋を次々オープンさせてきた中国人は、西成に中華街をつくって活性化させたいと意気込む。

そんな姿を赤裸々には描かず、ところどころが分かるにとどめた描写なのは意図的だと思う。誰でも清と濁、さまざまな要素が絡んで揺れ動くものだが、西成にはその振れ幅が大きい人が集まると思えるからだ。西成を知らない人には、あの街の空気を知る1冊目になろう。

評・井上理津子(ノンフィクションライター)

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