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直木賞候補で注目の『テスカトリポカ』 史上2度目の山本賞とのダブル受賞なるか

第165回直木賞の候補作を報じる小説誌『オール読物』7月号(文芸春秋)と、佐藤究さんの『テスカトリポカ』(KADOKAWA)
第165回直木賞の候補作を報じる小説誌『オール読物』7月号(文芸春秋)と、佐藤究さんの『テスカトリポカ』(KADOKAWA)

第165回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が14日に迫っている。前回に続き新型コロナウイルス禍を受けた緊急事態宣言下で行われる選考を前に、直木賞候補の一つ、佐藤究さん(43)のクライムノベル(犯罪小説)「テスカトリポカ」(KADOKAWA)が注目されている。直木賞に対抗する賞とも目されてきた今年の山本周五郎賞(新潮文芸振興会主催)を受けており、直木賞との2冠を果たせば17年ぶり史上2度目の快挙となるからだ。力作がそろい、記録の行方も気になる直木賞レースを展望する。

「いつも怒られてます」

「僕は落第生というか、学校も嫌でしようがなかった。物書きになってバリバリ働くのも、うそくさい。『さぼって引き延ばしていこう』というのを信条にしていて、いつも(編集者に)怒られています」

5月に行われた第34回山本周五郎賞の受賞者会見。佐藤究さんは寡作ともいえる自身の執筆スタイルをユーモア交じりに語り、会場を和ませた。

実際、「テスカトリポカ」は佐藤さんが完成に3年以上を費やした550ページを超える大作だ。メキシコとインドネシア、日本の川崎を主な舞台に、現代の高度資本主義社会下で暗躍する麻薬密売と臓器売買を描き出す。暴力と血にまみれたクライムノベルに、アステカ神話が重なり合うスケールの大きい物語だ。

佐藤さんは平成16年に純文学作品でデビュー。28年に江戸川乱歩賞を受けてエンターテインメントに転じてから頭角を現した。30年には「Ank:a mirroring ape」で大藪春彦賞と吉川英治文学新人賞を受賞している。

エンタメ小説で3作目となる「テスカトリポカ」は2月の刊行後から評判を呼び、5刷と版を重ね、「山本賞では選考委員に絶賛され満場一致で受賞が決まった。直木賞でも中心的存在になるのでは」(出版関係者)との声も出ている。

文学賞ウォーズ?

ただ、気になるデータもある。文学賞では後発となる山本賞が創設されてからの30年余りで、山本賞と直木賞を同じ作品で射止めた例は一度きり。17年前の第131回直木賞(平成16年上半期)を受けた熊谷達也さんの「邂逅の森」しかない。カード破産を題材にした宮部みゆきさんの現代ミステリー史に残る傑作「火車」も山本賞は受賞したが、直木賞は候補入りしながらも逃している。

昭和62年に山本賞が創設された当時は、実質的に文芸春秋が運営する直木賞に対抗する賞と目され、文春と新潮という老舗による〝文学賞ウォーズ〟などと報じられた。ちなみに、山本周五郎は直木賞を辞退したほか、あらゆる賞を固辞し続けた作家でもある。

となると何か因縁めくが、賞の微妙な性格の違いや位置づけの変化も影響している。両賞ともに大衆文学の権威ある賞だが、山本賞は規定で「すぐれて物語性を有する新しい文芸作品」に授賞する-とやや踏み込んだ表現をしている。さらに、現在の選考委員は山本賞は5人で、直木賞は9人。選考委員が少ない方が多様なジャンルの、いわば「尖(とが)った作品」がすくい上げられやすい面はある。山本賞では、直木賞とは相性の良くないSFやホラー作品も受賞している。

結果、山本賞で才能を見い出された作家が、さらにキャリアを積んでベテランとなったときに別の作品で直木賞を受けるケースが多い。同一作品で両賞を射止めるには、めぐり合わせの良さに加え、何より圧倒的な力量を見せつける傑作である必要があるのだ。

候補歴多彩「5度目」も

直木賞では、第136回(平成18年下半期)を最後に「受賞作なし」という例はない。今回も相対的に高い評価を得た1~2作に賞が贈られるとみていい。

直木賞候補の5作は次の通り(敬称略)。

一穂ミチ(43)「スモールワールズ」(講談社)▽呉勝浩(ご・かつひろ)(39)「おれたちの歌をうたえ」(文芸春秋)▽佐藤究「テスカトリポカ」(KADOKAWA)▽澤田瞳子(とうこ)(43)「星落ちて、なお」(文芸春秋)▽砂原浩太朗(52)「高瀬庄左衛門御留書(たかせしょうざえもんおとどめがき)」(講談社)

一穂さん、佐藤さん、砂原さんの3人が初ノミネートで、呉さんは2度目、澤田さんは5度目。全員が初候補だった前回に比べ、キャリアにばらつきがある。

一穂さんの「スモールワールズ」は候補作中唯一の短編集。BL(ボーイズラブ)小説で読者を獲得してきた作家の、一般小説では初の単行本になる。孤独な主婦と家庭環境に恵まれない少年との交流。実家に出戻ってきた豪快な姉が抱えるある秘密…。収録された6編は「家族」を共通テーマに、老若男女さまざまな人間の複雑な感情を切り取る。ミステリー的な仕掛けがきいていたり、童話調があったり、書簡体があったり、と作家の引き出しの多さが伝わる一冊だ。

呉さんは第162回(令和元年下半期)の直木賞候補となった長編「スワン」で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞を受けている。「おれたちの歌をうたえ」は長野県と東京を舞台に、昭和、平成、令和という3つの時代を描きるミステリー巨編。今はデリヘルの運転手をしている元警視庁刑事が、死んだ幼なじみが残した暗号を解くべく奔走する過程で、かつての同級生たちと経験した苦い過去に向き合う。昭和の左翼運動など時代の空気も丁寧に描き込まれていて物語に厚みがある。

歴史・時代物は2作。ともに「絵」が物語の核にあるのが面白い。澤田さんの「星落ちて、なお」は「画鬼」と呼ばれた不世出の絵師・河鍋(かわなべ)暁斎(きょうさい)の娘で、自らも絵を描いた「とよ=河鍋暁翠(きょうすい)」の一代記。明治、大正の出来事や世相を絡めつつ、天才的な父をもった家族ゆえの葛藤と覚悟を浮かび上がらせている。

単行本デビューから3年で候補入りを果たした砂原さんの「高瀬庄左衛門御留書」は架空の藩である神山藩を舞台にした武家物だ。妻と息子を亡くした主人公・高瀬庄左衛門がいつしか藩の政争に巻き込まれる。わが身の老いを痛切に感じつつ、亡き息子の嫁とともに手慰みに絵を描く主人公の寂寥と苦みが、抑制のきいた品のある文体でつづられている。

「直木賞向き」ではない

5作を読み終え、やはり賞レースの軸は「テスカトリポカ」だと感じた。凄惨(せいさん)な殺戮(さつりく)や残虐な暴力描写が何度も出てくるのは〝直木賞向き〟とはいえない。ただ、人物に入り込み過ぎないノンフィクション風の乾いた文体によって、暴力も過剰に感じられない。時空は壮大だが、描き方は精緻で人物の彫りも深い。舞台となる国や街の空気やにおい、雑音まで立ち上がってくるような描写は候補作中群を抜く。また、現代の犯罪に、アステカ神話の「いけにえ」の儀式を重ねて描くことで、読後、人はなぜ暴力をふるうのか? という問いも心に残る。エンタメ性はたっぷりだが、余韻も深く、また重い。

これに絡むとすれば澤田さんの「星落ちて、なお」、砂原さんの「高瀬庄左衛門御留書」あたりか。澤田さんは5度目の候補でもあり、「古代」を得意としてきた作家が「近代」に挑んだ点が評価につながる可能性もある。砂原さんの作品は、主人公の高瀬庄左衛門と彼に恋情を寄せる息子の嫁の関係性が、どのように受けとめられるかがポイントになりそうだ。

佐藤さんは山本賞受賞決定後の会見で、こんなことも言っていた。「賞を意識したら、ここまでバイオレンス(暴力)は書かないですよ。編集者さんにも『すみません、これは何の賞にもはまりませんので…』って話してました」

無欲の結晶が17年ぶり2度目となる快挙を引き寄せるのか-。第165回芥川賞・直木賞の選考会は14日午後、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれる。同日夜には受賞作が決まる見通し。