ビブリオエッセー

描かれた海の記録 「珊瑚」新田次郎(新潮文庫)

山岳小説で知られる新田次郎が唯一、海を舞台にした書き下ろし小説である。

「西のはて万葉の里」をキャッチフレーズに町おこしを進めている長崎県五島市の五島列島・福江島。島のことを調べていて、この小説を知った。万葉集の故地は遣唐使船の最終寄港地である島の北端・三井楽地区だが、『珊瑚』の舞台は南端の富江地区。港を見下ろす丘の中腹に「新田次郎先生 珊瑚之碑」という記念碑が建っている。

小説は、富江のサンゴに魅せられ、周防大島からやって来た梶子(漁師手伝い)の青年3人の、地元の美少女「はま」をめぐるひたむきな恋と、過酷なサンゴ漁に翻弄される青春を描く。

3人のうち最初に、はまと結ばれた忠治は、福江島の南に浮かぶ男女群島沖でのサンゴ漁で嵐に遭って命を落とす。直後に生まれた忠治の子と、はまを家族に迎えた新作も竜巻で死亡。3人目の夫となった金吾は船を降り、サンゴ加工職人として余生を送った。はまを同時に見初めた3人は、最初の約束通り3人がかりで、はまの一生を支える。

気象庁出身の新田が福江島のサンゴ漁に関心を持ったのは、大分気象台の知人にサンゴ船の気象遭難についての資料を送ってもらったことがきっかけだった。明治28年から43年にかけて数回の大きな遭難事故があり、一度に200~1200人が亡くなっている。

新田は『八甲田山死の彷徨』や『聖職の碑』などの代表作と同様、『珊瑚』でも徹底した現地取材を行い、細部にわたる綿密な描写でサンゴ漁を描き切っている。そのいきさつを70枚もの「取材記」として書き残した。万葉町おこし調査でも、その真摯な姿勢を参考にしたい。

大阪府高槻市 K・Y(79)

投稿はペンネーム可。600字程度で住所、氏名、年齢と電話番号を明記し、〒556―8661 産経新聞「ビブリオエッセー」事務局まで。メールはbiblio@sankei.co.jp。題材となる本は流通している書籍に限り、絵本、漫画も含みます。採用の方のみ連絡、原稿は返却しません。二重投稿はお断りします。