勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(266)

余計なひと言 加藤「因縁」の上田監督に不信感

余計なひと言が原因で加藤(左)と上田監督(右)との間はギクシャク
余計なひと言が原因で加藤(左)と上田監督(右)との間はギクシャク

■勇者の物語(265)

ウエさんはなんで、わずか2年で戻ってくるんや―という疑問は、勇者たちみんなが持っていた気持ちだった。

「そこよ。ボクにもそれがよう分からんかった」と加藤秀司も当時を振り返った。この連載でも初期に『流転の始まり』で取りあげた。

昭和55年オフ、阪急への〝復帰〟が正式に決まった上田利治は山田、福本、加藤、島谷…といった主力選手へ電話を掛けた。山田や福本たちは「よろしくお願いします」と素直に応えた。だが加藤は違った。「なにしに帰ってくるんですか?」とつっかかってしまったのだ。

53年、ヤクルトとの日本シリーズに敗れた日、加藤は大勢の記者たちの前で、阪神からトレード話がきていることを暴露された。「なんで記者の前でそんなことを言う必要があるんや」。加藤は上田監督に不信感を持っていた。

「しもたぁ…と思ったよ。上田さんもまさか、そんな対応をされると思ってへんかったから、ウッと絶句しとった。けど、もう言うてしもたもんしゃあない」

そしたら、ウエさんは?

「〝後継者を作るためや〟という。でも、それは本心やないと思った」

たしかに、それは一番の目標ではないだろう。上田監督の勝利への執念はすごい。勝つために非情になれる監督であり、近鉄・西本監督のように人を育てるタイプの監督ではなかった。

「そうやろ。なんで正直に、もう一度、阪急のユニホームが着たくなった。勝ちたくなった―と言うてくれへんかったのかなぁ。梶本さんにもみんなにも申し訳ない。わがまま言うてすまん―と頭をさげたら、みんな納得したと思う。それを、お前も後継者候補の一人やから―というような含みを持たせる言い方。以前のようには信じ切れんかった。オレも若かったしな」

余計なひと言はこの後、加藤の野球人生を大きく変えることになった。

さて、ペナントレースの行方―。4月はロッテが快調に首位を走った。阪急は5月に13勝8敗2分けと追い上げ、末にいったん「首位」に立ったものの、6月に8勝11敗1分けと失速。結局、32勝30敗3分け。6月に抜け出して前期を制したロッテに3・5ゲーム差をつけられ3位に終わった。(敬称略)

■勇者の物語(267)