平和願い「サダコと折り鶴」展 広島の被爆体験紹介 福岡・大刀洗平和記念館

福岡県筑前町立大刀洗平和記念館で開催されている原爆パネル展
福岡県筑前町立大刀洗平和記念館で開催されている原爆パネル展

広島原爆で被爆し12歳で亡くなり、広島市の平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルになった佐々木禎子さんの生涯を紹介した原爆パネル展「-その想いはツルにのって-サダコと折り鶴」が、福岡県筑前町の町立大刀洗平和記念館で開かれている。8月15日まで。

2歳だった禎子さんは昭和20年8月6日、爆心地から1・7キロ離れた自宅で被爆。やけどやけがはなかったが、小学6年生のときに白血病と診断されて入院。中学校に進学したが、一度も通学できないまま30年10月、12歳でその生涯を閉じた。

禎子さんの死後、中学校の同級生を中心に「原爆の子の像」をつくろうという募金運動が起き、33年5月、全国から集まった寄金で平和公園に「原爆の子の像」が建立された。

原爆パネル展では、禎子さんの小学校時代の写真に、当時の子供たちの生活の様子の説明を付けたパネルなど21点を展示。この中には禎子さんが入院中に書き残した血液検査のメモもある。

禎子さんは入院中に「回復」への希望を込め、薬袋などで千羽を越える折り鶴を折っており、この中の1羽は平成30年、大刀洗平和記念館へ寄贈された。

同記念館では、各地で原爆の恐ろしさについて講演活動をしている、禎子さんの兄、佐々木雅弘さん(福岡県在住)が8月7日、禎子さんから受け継いだ「思いやりの心」というテーマで講演する。

同記念館では10日から、広島や長崎の被爆者と、その家族を撮り続ける写真家、堂畝(どううね)紘子さん=広島市=の写真展「生きて、繫いで、被爆三世の家族写真」を開く。被爆した8家族の家族写真とともに被爆体験を紹介する。8月31日まで。