勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(264)

プリンス攻勢「希望球団からの指名待て」選手囲い込み

西武の川村一明投手
西武の川村一明投手

■勇者の物語(263)

西武との抽選に敗れた阪急は、石毛にかわる〝外れ1位〟に長野・松商学園のエース、川村一明を指名した。この年の夏の甲子園大会で高知商・中西清起と投げ合い、一躍脚光を浴びた本格派投手。だが、川村も「西武希望」だった。

「残念です。西武以外考えていなかった。在京球団ならともかく…。関西には行きません」

それでも阪急は交渉次第で「落とせる」と踏んでいた。事実、11月27日に藤井編成部長、矢野スカウトが松商学園に指名の挨拶に出向いたときには「球団の話も聞いてみる」と態度をやや軟化させていた。ところが、12月2日の1回目の交渉では態度が一変。「阪急には入りません」の一点張り。

翌3日、阪急は契約金5000万円、年俸360万円という条件を提示した。ちなみに巨人の原の契約金は8000万円。阪神に入団した日産自動車の中田は4000万円(いずれも推定)。5000万円は高校生としては超破格の条件である。だが、川村の答えは「NO」。

「どうしても西武へ行きたい。夢は捨てきれない。プリンスホテルで次のドラフトを待ちます」

この昭和55年のドラフトは社会人チーム「プリンスホテルの攻勢」が問題となった。プロ野球チームと同等、いや、それ以上の〝支度金〟を提示し「将来、西武からの指名を待て」と勧誘した。

54年のドラフトで阪神に入団した早大の岡田彰布も堤義明本人から「希望しない球団から指名されたら、プリンスに来ないか。1億円を用意している」と誘われたという。

川村だけではない。日本ハムが1位指名した秋田商の高山郁夫投手も「西武以外ならプリンスホテルに行きます」と入団を拒否。1回目の交渉が行われた翌日の11月29日にはプリンスホテルの総支配人が高山の実家を訪ね、30日には同社への入社を発表したのである。

「本当にその選手がほしいのなら、ドラフト前に入社を内定できたはず。それをドラフト後に…。プロとアマの秩序を守ってほしい」と、日本ハムと阪急は合同で工藤パ・リーグ会長へ訴えた。

組織力の差―とはいえ、1位選手を獲得できなかったドラフトの〝失策〟はボディーブローのように、あとになって効いてくるのである。(敬称略)

■勇者の物語(265)