1975(昭和50)年3月末、南ベトナムの首都サイゴンでの出来事である。「私の夫になってくれませんか」。当時毎日新聞の記者だった古森義久さんは、顔見知りのベトナム女性から頼まれてびっくりする。
▼北ベトナム軍による〝解放〟が目前に迫っていた。形式だけでも外国人と結婚していれば出国許可が得られるとあって女性は必死だった。サイゴン陥落の前日には、約千人のアメリカ人が米軍ヘリで脱出、その10倍以上のベトナム人がやはりヘリで退避した。
▼政府幹部や米軍の協力者など、将来迫害の恐れのある人たちである。空港や港にも人の群れがひしめいていた。小紙のかつての連載企画「20世紀特派員」で、古森さんは狂乱の一日を振り返っていた。