【話の肖像画】デザイナー・コシノジュンコ(81)(7) 運命の出会い「花の9期生」(1/2ページ) - 産経ニュース

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話の肖像画

デザイナー・コシノジュンコ(81)(7) 運命の出会い「花の9期生」

卒業後の「花の9期生」。右から本人、高田賢三氏、1人おいて松田光弘氏、金子功氏
卒業後の「花の9期生」。右から本人、高田賢三氏、1人おいて松田光弘氏、金子功氏

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《「花の9期生」。文化服装学院でともに机を並べた、デザイナーの卵4人組だ。後に、日本のファッション界を牽引(けんいん)するデザイナーが、運命の出会いを果たすこととなる》


私は文化服装学院に入学したときから「ファッションのプロになるに決まっているでしょ!」と考えていた。だから、花嫁修業の一環として通っていた周りの女の子たちとはあまり気が合わなかった。授業も暇に感じるようになってしまった。

やがて1年間の基礎課程を経て、デザイン科に進級。当時の文化服装学院は、女子校から共学になったばかり。男性は洋装を「一生の仕事」と考えて入学している人が多かった。

そのため、同じ目的を持った「同志」を見つけることができたのです。それが高田賢三さん(ケンゾー)、金子功さん(ピンクハウス)、松田光弘さん(ニコル)。彼らとの出会いは、私の人生において、何ものにも替え難い財産で、運命としか言いようがありません。

私たちはいつも4人組でした。そして授業もよくさぼった。だから、とにかく目立って仕方なかったのです。

「今日は授業と歌舞伎、どっちにいこうか」

熱烈な歌舞伎ファンの金子さんが、役者や演目のいい情報を仕入れてくると、みんな口をそろえて「歌舞伎の方が一日を有意義に過ごせるんじゃない?」というわけです。パリからローラン・プティがやってくると聞くと、「絶対行かなくちゃ」と、授業そっちのけで出かけました。歌舞伎やコンサート、舞台、バレエ…。さまざまな文化、芸術に触れました。

先生方からすると、異質もいいところ。なぜだか、私が率先してみんなを誘い出しているように見えていたようで目をつけられてしまいました。よく呼び出されては、代表してこっぴどく怒られたものです。

それでも、さぼっているつもりはなかった。授業以上のことを吸収しているんだ、学んでいるんだ、という自負があったのです。やはり、何にせよ「一流」に触れることは大切で、後の人生に生きてくることだと思います。あとは新宿のジャズ喫茶にもよく入り浸っていました。お金がないから、コーヒー1杯で粘って居座ったりしましたね。ジャズをたしなむのはもちろんのこと、さぼった分だけたまった学校の宿題をせっせとこなしていました。まあ、誰かからノートを借りて写していただけだったのですが…。