秀吉が有馬温泉で浴衣受け取り、お礼 書状原本見つかる

成就院に贈られた綸旨=7日、京都市東山区
成就院に贈られた綸旨=7日、京都市東山区

京都・清水寺の塔頭(たっちゅう)、成就(じょうじゅ)院の書庫内から室町~江戸期の天皇11人や足利尊氏、織田信長、豊臣秀吉らの書状の原本が見つかり、清水寺が7日発表した。一部写しは確認されていたが、原本が発見されたのは初めて。清水寺の歴史を知る上で貴重な発見になるという。

豊臣秀吉の書状は13点で、兵庫・有馬温泉に湯治に訪れた秀吉が、成就院から浴衣2着を受け取ったことへの礼状も含まれていた。

成就院は、文明元(1469)年に応仁の乱で清水寺が焼失し、復興の依頼を受けた時宗の僧、願阿弥(がんあみ)らによって建立された。

天皇11人が成就院に宛てた書状16点のうち、15点は今回初めて発見された。文書は天皇の命令書「綸旨(りんじ)」で、後土御門(ごつちみかど)天皇が清水寺の復興を認め、成就院の立場を保証する旨を記したものも含まれ、朝廷との関係が深いとされる寺の歴史を知る上で貴重な手がかりになるという。

また、足利尊氏が土地を寄進する代わりに祈禱(きとう)を頼んだ書状は、直筆の署名「花押」入り。織田信長が永禄11(1568)年に足利義昭を奉じて上洛した際に出した文書は、自軍に対して清水寺への放火や殺生を禁じた内容だった。

調査にあたった清水寺史編纂(へんさん)委員の下坂守さんは「今までも写しはあり、内容が明らかになっていたものもあるが、原本は価値が違う。今後の研究にも生かしたい」と話していた。