ALS闘病中に起業した33歳3児の父が残す声(1/2ページ) - 産経ニュース

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ALS闘病中に起業した33歳3児の父が残す声

自室の一角にある作業スペースでパソコンを操作する合田朝輝さん=6月25日、香川県観音寺市
自室の一角にある作業スペースでパソコンを操作する合田朝輝さん=6月25日、香川県観音寺市

29歳でALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症した香川県の合田朝輝(ごうだともき)さん(33)が7月10日、自身の声で話す最後の機会になるかもしれない講演会を高松市内で開く。症状に絶望していたが、「考えることはできるだろ」という友の言葉に救われ、病と闘いながら起業した経験を語る。「下を向いていた顔を上げたら、妻と3人の子供、生きる理由がありました」という合田さん。「父親として、夫として、人間として何か残したい」と声をふり絞る。

ALSという難病と闘いながら、経営コンサルタントとして働く合田朝輝さん=6月25日、香川県観音寺市の自宅
ALSという難病と闘いながら、経営コンサルタントとして働く合田朝輝さん=6月25日、香川県観音寺市の自宅
ALSという病気

看護師をしていた合田さんが体に不調を感じたのは平成30年1月、手の親指に数分間力が入らないことが1日に数回あった。最初の診断は「腱鞘(けんしょう)炎」だった。

翌年3月、太ももにも同じ症状が出て、看護師としての経験からALSの可能性を考え脳神経内科を受診。数カ月後にALSの診断が確定した。子供が3人となり香川県観音寺市の実家の近くに家を建てたばかりだった。

ALSは、身体を動かす命令が筋肉に届かなくなり、体を動かす筋肉や呼吸に必要な筋肉の力が衰えていく難病だ。根治療法はいまだなく、服薬や点滴で進行を遅らせることしかできない。

発症の原因は解明されておらず、新規発症者は年間で人口10万人当たり約1~2・5人。30年時点で厚生労働省発表の特定疾患医療受給者証交付件数で29歳以下のALS患者はわずか17人だった。

「人間と猿の違い」

合田さんは31年3月に退職。昨年6月には歩行不可能となり、8月には電動車いすの生活になった。今年6月下旬に取材した時点では腕の一部が辛うじて動く状態。声は聞き取りにくいが、ゆっくりと会話ができるレベルにあった。

「現実を見ないように」と合田さんは動画サイトをみたり、ゲームをしたり、漫画本を読みあさって過ごした。だが病状が進んでゲームのコントローラーも持てなくなり、「できることがない」という心境に追い込まれた。

今年1月9日、合田さんは「人間と猿の違い」というタイトルでブログに記した。「歩けません。立てません。起き上がったり寝返りもできません。一人でご飯食べられません」と始まり、できないことを列挙。「問・私は人間でしょうか?」と締めくくった。

ALSの症状が進行し、合田さんはブログに「問.私は人間でしょうか?」と記した
ALSの症状が進行し、合田さんはブログに「問.私は人間でしょうか?」と記した
考える時間がある

ブログを見た、友人のファイナンシャルプランナー、飯間将博さん(36)は慌てて返事を書いた。それは「人間とは感情があること。考えることができること」という書き出しで始まる。

合田さんとは7年前に知り合い、意気投合した友人で、兄弟同然の仲だ。「(君は)情報収集はできる。考えることはできる。いくつものビジネスモデルを考えてほしい」と呼びかけ、起業することを持ちかけた。合田さんは、最初は戸惑ったが、やがて意を決し、提案を受け入れることにした。

まず、今年2月初めに障害・難病者の情報支援サービス「Filo(フィーロ)」を個人事業主登録した。Filoはイタリア語で「糸、つながり」の意味。自らの経験をもとに、対応窓口が多岐に分かれる障害福祉サービスを受ける際のサポートをする仕事だ。

また、経営コンサルタント「business soldier GODAman」を始めた。

合田さんはインターネットなどを通じて独学で知識を蓄積しながら事業を展開。飯間さんにとっても「彼がいないと仕事に支障がある」というビジネスパートナーになった。仕事の依頼も次第に増え、売り上げも上がっているという。