私たちの祖先ホモ・サピエンスは同じ時代に生きていたネアンデルタール人より、脳も体もスペックでは劣っていたらしいが、「虚構を信じる力」という認知革命によって、より大きな集団を作れるようになり、生存競争に打ち勝ったという説を知った。
地球上で頂点に立った私たちが宇宙での生き残りをかけて次の展開を起こすとしたら、それはどうやら背中に羽を生やすことでも手足に水かきをつけることでもないらしい。8つの短編が収められた本書。その中で、SF映画『メッセージ』の原作にもなった「あなたの人生の物語」を読んで、そんな予感がした。
発端は地球の、世界各地にやってきたエイリアンだ。彼らといかにコンタクトを取るか―。物語は、言語学者ルイーズが試行錯誤を繰り返しながら、「ヘプタポッド(七本脚)」と名づけられたエイリアンの「言語」を学び、新しい世界観を獲得していく様子が描かれる。
「複雑なグラフィックデザインの寄せ集めに見える」彼らの文字。映画では墨絵のようなビジュアルだったが、彼らがフェルマーの原理に反応するなど交信の過程はスリリングだ。
外形だけではない。ルイーズは既存の認知様式で形成された世界観を作り直すのではなく、彼らの世界観をひらめきのように取り込む。そして時間の外側から過去も未来も等しくすべてを知覚する感覚を得るのだ。まるで神や霊魂のような存在の視点を思わせる。
難解な物語だが英語すらおぼつかない自分にも一瞬、未知の世界観へのひらめきが貫いたような気がした。「なぜやってきたのか」。明確な答えは得られないまま彼らは去ってゆく。映画を見ていたことで具体的な映像が浮かび、理解が深まった。異次元の読書体験だった。
大阪府貝塚市 有薗花芽(44)
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