日本の未来を考える

日米の課題共有が不可欠 学習院大教授・伊藤元重

第1回環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)委員会 記念写真後、参加国閣僚と握手する安倍晋三首相(当時・中央右)=2019年11月19日午後1時9分、東京都内のホテル(代表撮影)
第1回環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)委員会 記念写真後、参加国閣僚と握手する安倍晋三首相(当時・中央右)=2019年11月19日午後1時9分、東京都内のホテル(代表撮影)

2012年の年末に発足した第2次安倍内閣が最初に着手した重要な政策課題がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への交渉参加だった。それ以前の10年ほどの間に、日本はアジアを中心とした多くの国と経済連携協定を次々に締結してきた。WTO(世界貿易機関)の場での多国間の通商交渉が動かない中で、近隣の国と経済連携協定を結んでいくことの重要性は大きかった。ただ、TPP以前には、日本にとって重要な貿易相手国と経済連携協定を結ぶことはできず、協定を結んだ国との貿易額は、日本全体の貿易額の20%程度しかなかった(2011年6月)。これを貿易カバー率という。日本との貿易額が大きい米国・中国・韓国、そして農業生産大国であるオーストラリア・カナダ・ニュージーランドなどと経済連携協定を締結できなかったのは、貿易に大きな影響が及ぶこと、とりわけ国内で輸入への警戒感が強い農業分野などでの政治的な影響が懸念されていたのだろう。

TPPへの交渉参加は、そうした流れを大きく変えるものだった。米国はトランプ政権時に交渉を離脱したが、その後米国抜きでTPPを成立させた。それに続いて、EU(欧州連合)との経済連携協定、そして中国・韓国を含むアジア諸国とのRCEP(地域的な包括的経済連携)を締結することができた。こうした成果として、貿易カバー率は80%前後にまで高まった。この10年の間に、経済連携協定が大きく前進したことがわかる。経済連携協定は、その交渉過程が日々報道されるというものではないが、10年という時の流れの中で、日本にとって重要な存在になっていることがわかる。WTOが全く機能していないのは残念だが、それを補う意味でも経済連携協定の成果を活用していくことは重要だ。

さて、そうした意味でも、米国がTPPから離脱したことは残念であった。国内の製造業の雇用を重視するバイデン政権では、米国がTPPにすぐに戻ってくるとも考えにくい。当面は、経済連携協定なしで米国との経済関係をどう前進させていくかが問われる。通商交渉は、よく自転車に例えられる。自転車はこぎ続けなくては倒れてしまうが、通商交渉もそれを続けることが保護主義の台頭を防ぐ上で有効だ。米国内で保護主義的な動きが拡大することを防ぐためにも、日米が協力して取り組む課題を共有することが必要となる。経済連携協定はすぐには動きそうにもないとすれば、ほかに取り組むべき大きなアジェンダを探す必要がある。

現時点で考えられるのは、気候変動対策と、半導体などのハイテク分野におけるサプライチェーンの強化である。どちらの課題もバイデン政権が重視しているものであるが、日本にとっても重要なものである。気候変動対策については良いスタートを切ることができた。半導体やハイテク分野でのサプライチェーンの強化も米国との協調関係抜きには語れないが、日本の産業や政府がどのような動きをするのか今後の展開が注目される。(いとう もとしげ)