正論8月号

LGBT法案で残念な稲田朋美氏 産経新聞政治部編集委員兼論説委員 阿比留瑠比

LGBT法案について議論する自民党「性的指向・性自認に関する特命委員会」などの合同会議=5月20日、自民党本部(春名中撮影)
LGBT法案について議論する自民党「性的指向・性自認に関する特命委員会」などの合同会議=5月20日、自民党本部(春名中撮影)

※この記事は、月刊「正論8月号」から転載しました。ご購入はこちらをクリック

最近、失礼ながら自民党は幼くなったと感じることが増えた。五月下旬、同性愛者など性的少数者(LGBT)への理解増進を図る法案の是非をめぐって意見交換したある議員の言葉が、そんな現状を象徴するようで強く印象に残っている。

「法案を熱心に推進する議員たちは、本当に善意からやっているのだと思う。心から、困っている人たちを助けたいと…」

話を聞きながら、芥川賞作家、遠藤周作氏がたびたび使った「善魔」という言葉を思い浮かべた。遠藤氏は例えば、こんなことを記している。

「感情に突きうごかされて行った愛なり善なりは(正確にいうと自分では愛であり善いことだと思っている行為が)、相手にどういう影響を与えているか考えないことが多い。ひょっとするとこちらの善や愛が相手には非常な重荷になっている場合だって多いのである。向こうにとっては有難迷惑な時だって多いのである。それなのに当人はそれに気づかず、自分の愛や善の感情におぼれ、眼くらんで自己満足をしている

のだ」

「こうした善魔の特徴は二つある。ひとつは自分以外の世界をみとめないことである。自分以外の人間の悲しみや辛さが分からないことである。もうひとつの特徴は他人を裁くことである。この心理の不潔さは自分にもまた弱さやあやまちがあることに一向に気づかぬ点であろう。自分以外の世界をみとめぬこと、自分の主義にあわぬ者を軽蔑し、裁くというのが現代の善魔たちなのだ」

この手合いは、もともと立憲民主党や共産党など左派・リベラル系の議員に多かったが、最近では自民党内でも目立つ。己の正義を信じて酔いしれ、それを理解しない方が悪いと感情的になる。他者の共感や同意を得ないまま突っ走り、ひたすら自己正当化に励むのである。

だが、政治とは本来、ときに妥協や回り道もしながら、周囲に同志や支援者を集めて少しずつ前進しながら結果を出していくことではないか。ただ自分が正しいと思うことを主張し、攻撃的になるだけでは、何も実現できないまま周囲が離れていくだけだろう。

また、動機が主観的に「善」であっても、それがいい結果につながるとは限らないのも政治であり、社会である。思うようにならない現実と向き合い、格闘してきたはずの政治家に、これが分からないはずはないが、人はときに冷静な判断力を失う。

政治にかかわる者にとっては入門書的な本であるドイツの社会学者、マックス・ヴェーバーの『職業としての政治』はこう明確に説いている。

「善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは、人間の行為にとって決して真実ではなく、しばしばその逆が真実であること。(中略)これが見抜けないような人間は、政治のイロハもわきまえない未熟児である」

今さらこんな当たり前で基本的なことを説きたくはないが、最近の子供が演じたようなドタバタ劇を繰り返す自民党を見ていると、一から言いたくなるのである。

左傾化による支持層の離反

LGBT法案の話に戻すと、この件では昨年来の夫婦別姓をめぐる議論と同様に、自民党内は推進派と慎重派の二つに割れた。

ただでさえコロナ禍で社会に不満や鬱屈が充満しているうえ、衆院選を間近に控えたこの時期に、わざわざ党を二分する議論を活発化させる政治センスがまず分からない。

コロナ禍に対応する医療面、経済面双方へのテコ入れが求められているほか、民主主義に挑戦する異形の大国という実態を、もはや隠そうともしなくなった中国とどう対峙していくかが問われているというのに、である。

ある自民党中堅議員からは、こんなメッセージが届いた。

「こちらはコロナ対策で忙しいのに、次々と余計なことをして、夫婦別姓推進やLGBT法案を衆院選公約に入れろというので、打ち返すのに無駄なエネルギーを使う。自分たちは弱者の味方でいいことをしているつもりだから始末に悪い」

また、自民党重鎮は嘆く。

「LGBT問題や夫婦別姓に関しては、野党側ははなから一枚岩なんだから、自民党がもめている姿をさらしても野党を利するだけではないか。そういう大局を見渡せる政治家が今は少ない」

あるいは選挙を前に、自民党の懐の深さや、幅広さを見せようとした部分もあるかもしれないが、それもむしろ逆効果だろう。

左派・リベラル勢力はそうした自民党内の動きを歓迎し、拍手はしてみせるかもしれない。ただ、それは自分たちの政治活動や目的に利用できるからである。自民党が少々左傾化したところで、投票先は立憲民主党や共産党に決まっている。

反対に、これまで自民党を支持してきた保守派はどう思うか。自民党の左派・リベラルへのすり寄りに失望し、怒り、投票や支援する気を失いかねない。左右にウイングを広げようとした結果、支持層の離反を招くということになる。党重鎮はこうも語る。

「自民党に投票したくないという人も出てくる。小選挙区だけでなく、比例代表にも影響する」

困っている人たちや苦しんでいる人たちを助けたいという自分たちの気持ちは純粋で、正しいと言い募る議員たちによって、党全体が沈んでいく。

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「正論」8月号 主な内容

【特集 「平時」からの脱却】

菅首相に求む安保の有言実行 国家基本問題研究所理事長・ジャーナリスト 櫻井よしこ

対中非難決議阻む国会の闇を告発する 衆議院議員 長尾敬

なぜアビガンは承認されないのか 本誌編集部

厚労省審議会非公開議事録全文掲載

武漢ウイルスとの戦い 日本は敗北したのか 評論家 八幡和郎/医師・元厚生労働省技官 木村盛世

ワクチンめぐる中台の攻防〈チャイナ監視台〉 産経新聞台北支局長 矢板明夫

感染症と自然災害に強い社会へ 緊急事態に対応する国会・国民的議論を ニューレジリエンスフォーラム発足

「翼賛体制」の必要性を問う 文芸評論家 富岡幸一郎

【特集 切り崩される保守】

LGBT法案で残念な稲田朋美氏 〈「政界なんだかなあ」特別版〉 産経新聞政治部編集委員兼論説委員 阿比留瑠比

左傾化する自民党を恥じる 自民党政調会長代理・参議院議員 西田昌司

日本共産党の同性愛差別史 元板橋区議(元日本共産党区議団幹事長) 松崎いたる

〝人権屋〞がのさばる入管行政 モラロジー道徳教育財団道徳科学研究センター教授・麗澤大学客員教授  西岡力

ウイグル人救えた入管法改正案 評論家 三浦小太郎

自公に代わる保守・中道政党を 国民民主党・新緑風会事務局長 岡崎敏弘

【特集 メディアぶった斬り】

産経新聞が「ダメな」根源的理由を論ず 元産経新聞社専務論説委員長 吉田信行

「脱炭素祭り」の先棒担ぐ日経新聞 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 杉山大志

東京五輪開催で焦る朝日新聞 元東京大学教授 酒井信彦

【特集 自衛隊は便利屋にあらず】

菅首相、自衛官に名誉と誇りを 大田区議会議員・元空自予備自衛官 犬伏秀一

「よろず屋」扱いでいいのか ジャーナリスト 小笠原理恵

危機管理集団の自衛隊衛生を知る 医療法人社団恵養会武田クリニック・前自衛隊中央病院長 上部泰秀

【特集 コロナ禍と企業経営】

危機をプラスに転換する好機だ ホテルニューアワジ会長 木下紘一

乗り越えられたら必ず灯はある 株式会社紀伊國屋書店代表取締役会長兼社長 高井昌史

負けへんで 絶対ひっくり返したるっ お好み焼きチェーン「千房」株式会社代表取締役社長 中井貫二

▶苦境の拉致被害者へ 日本の声絶やさない 特定失踪者問題調査会幹事長 村尾建兒

▶カンボジアで芽生えた日本への憂慮 地雷処理専門家 高山良二

▶渋沢栄一が生かした日本思想の伝統とは 評論家 中野剛志×早稲田大学非常勤講師 大場一央