【話の肖像画】デザイナー・コシノジュンコ(81)(4)全て母のお手製、思い出の子供服(1/2ページ) - 産経ニュース

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話の肖像画

デザイナー・コシノジュンコ(81)(4)全て母のお手製、思い出の子供服

後に日本を代表するトップデザイナーとなるコシノ3姉妹
後に日本を代表するトップデザイナーとなるコシノ3姉妹

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《ヒロコ、ジュンコ、ミチコ―。3姉妹それぞれが世界へ羽ばたき、活躍している。そんなトップデザイナーたちの幼少期とは》


3姉妹の中で、私が一番母に似ていました。血気盛んでやんちゃな性格。3学年上の姉・ヒロコとは、けんかが絶えませんでした。姉は口が悪くて、口げんかでは負けてしまうと思った私は、手を使って参戦。けんかのきっかけはたいてい何かの取り合いとか、しょうもないことでした。また、高校、服飾学校と、私が進む先々に姉がいたことも、当時は気にくわないと思っていました。

一方で、妹のミチコは独自路線を進み、テニス漬けの日々を送っていました。テニスの実力がメキメキと伸び、家の中はトロフィーだらけ。そんなにすごいのに、母も姉も私もまったく興味なし。お客さんに「お宅のお嬢さん、また優勝したって新聞でみましたよ」といわれても、母は「あ、そう。へぇ」なんて適当に返したりして。

そんな中でも、テニスで大学に進学し、学生チャンピオンにまで上り詰めた。でも「いつまでもテニスができるわけじゃないから」とスパっと引退。同じファッションの道に進むことになります。


《3姉妹の着る服はすべて母、綾子さんのお手製だった》


姉にだけ作る、私にだけ作る、となるとまたけんかになってしまう。だから、なんでもおそろいのものを2着作ってくれました。ただ、妹は、「お下がりがあるでしょ」と、新しい服を作ってもらえなかった。少しかわいそうよね。

服を外で買ったことは一度もありませんでした。服は外で買うものだと知ったのは高校に入学してから。下着から何から何まですべて自家製です。といってもうちはプロの洋裁店。どれもかっこいいデザインでしたよ。

思い出に残っている服は2着あります。

まずは鮮やかな黄色の麻のワンピース。大きなひまわりのパッチワークがデザインされているシンプルなもので、今でも絵に描けるくらいすてきでした。