事実、藤井棋聖はそこから最終171手目まで、わずか3分しか使っていない。一方の渡辺三冠は少しずつ時間を使い、124手目で1分将棋となった。
「彼(藤井棋聖)は早指し棋戦も強いので、1分でもそれなりに指せることは分かっている。でも、持ち時間4時間で、あの局面で5分というのはあまりない」。その上で、「僕のこれまでの経験から得た『普通ならこう』『何々ならこう』というのが当てはまらない」と、藤井棋聖のすごさに舌を巻いた。
渡辺三冠は過去9回のタイトル戦敗退のうち、開幕2連敗後に白星を得るケースは、昨年の第91期ヒューリック杯棋聖戦など5回あった。その棋聖戦では、「勝ち方の部類では良いものではないが、カド番で、ぜい沢をいえる状況ではなかった」という第3局では、藤井棋聖(当時七段)得意の角換わりを徹底的に研究し尽くし、約90手まで想定する執念で一矢を報いた。
逆に、開幕2連敗からタイトルを獲得したケースが2回もある。特に20年の第21期竜王戦は「勝者が初代永世竜王」の大一番だったが、渡辺三冠は将棋界初の「3連敗後、4連勝」で永世称号の資格を手にした。
タイトル戦でも強さを発揮してきた渡辺三冠。しかし、昨年の棋聖戦で、「すごい人が出てきたなという感じ」(渡辺三冠)の藤井棋聖に、年下で初めて敗れた。雪辱を期して今期、挑戦者まで駆け上がり、藤井棋聖に挑んだが、屈辱のストレート負けに沈んだ。
今期の棋聖戦で渡辺三冠の自身初の4冠はならなかった。しかし、このまま「藤井時代」の到来を許す気はない。(田中夕介)