見かけない五輪グッズ メディアの風評被害だ 鹿間孝一


前回取り上げた田辺聖子さんの「田辺写真館が見た〝昭和〟」(文芸春秋)に、田辺さんの弟が昭和12年に小学校に入学したときの記念写真がある。学生服に学帽姿でランドセルを背負っているが、目を引くのは右手に持った上履きを入れる袋で、日の丸と五輪のマークが描かれている。

1940(昭和15)年にアジアで初のオリンピックが東京で開催されることが決定していた。前年のベルリン五輪では競泳の前畑秀子選手らが金メダルを獲得する大活躍で、オリンピック熱が高まっていた。

〈衣食住も向上し、国産の自動車は走り、ビルが建ち、映画館もデパートもダンスホールも麻雀屋も満員。庶民がようやく繁栄の快適と逸楽を手にした昭和十二年代。その夢の頂点に、来るべき東京オリンピックがあった〉

その年に盧溝橋事件を発端に日中戦争が勃発。戦火の拡大でオリンピックどころではなくなり、東京大会は幻に終わってしまうが、田辺さんも五輪マークのついたセーターを買ってもらったというから、いろんな記念グッズがあったのだろう。

東京五輪の開幕が迫ってきたのに、大会エンブレムやマスコットをあしらった商品をあまり見かけない。2年前のラグビーW杯では日本中が桜のジャージーを着た「にわかファン」であふれた。記念商戦がこれほど盛り上がらないスポーツイベントは初めてだ。

公式グッズを制作・販売するには大会組織委員会とライセンス契約を結び、ロイヤルティー(権利使用料)を支払わなければならない。五輪景気を当て込み、企業の好感度もアップすると期待したのだろうが、売れ残って在庫の山となっては泣くに泣けまい。

世論調査では、五輪開催は新型コロナウイルスの感染拡大を招くと、中止や再延期を求める声が少なくない。それを一部のメディアがことさらに煽(あお)った。開催するなら無観客にすべきだとし、観客の上限1万人にクレームをつける。入国した外国選手団から陽性者が出ると、水際対策の不備だと非難する。

立憲民主党なども菅義偉政権の足を引っ張る好機とばかりに、あれこれ難癖をつける。五輪後に総選挙を控えており、不首尾に終われば「それみたことか」と言い立てるだろう。

これほど負のイメージをまき散らされては、五輪グッズが売れるはずがない。風評被害ではないか。

しかま・こういち 昭和26年生まれ。社会部遊軍記者が長く、社会部長、編集長、日本工業新聞社専務などを歴任。特別記者兼論説委員として8年7カ月にわたって夕刊1面コラム「湊町365」(産経ニュースでは「浪速風」)を執筆した。

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