【勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(260)】掛け違い 思い込み、将の心が理解できず - 産経ニュース

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勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(260)

掛け違い 思い込み、将の心が理解できず

日本シリーズ第7戦、水沼四郎捕手(左)に飛びつく広島・江夏豊投手=1979年(昭和54年)11月4日、大阪球場
日本シリーズ第7戦、水沼四郎捕手(左)に飛びつく広島・江夏豊投手=1979年(昭和54年)11月4日、大阪球場

昨年の日本シリーズ―といえば昭和54年のあの「江夏の21球」である。その中に古葉監督と江夏の〝確執〟につながる要因があった―と平本先輩は指摘した。もう一度、振りかえってみよう。

1点を追う近鉄は九回裏①先頭の羽田が中前打で出塁②羽田の代走・藤瀬が二盗。捕手・水沼の送球を高橋慶が後逸し藤瀬は三塁へ③アーノルド四球。代走・吹石が二盗④平野が敬遠の四球で無死満塁。山口の代打・佐々木が登場。ここで問題のシーンが起こった。

広島のブルペンに池谷と北別府が入り投球練習を始めたのである。これを見た江夏の表情が変わった。

「何しとんねん。監督はオレを信用しとらんのか」

マウンドの江夏は明らかに怒っていた。1―1後の3球目を佐々木が三塁線へファウル。すると一塁から衣笠が江夏のところへ駆け寄った。

「お前の気持ちはようく分かる。お前が辞めるんならオレも辞めてやる。だけどいまは打者に向かえ。お前の敵は近鉄やろ。他のことを考えるな。全力を尽くして打たれたんなら、それでいいじゃないか」

後年、江夏はその時の心境をNHKの番組『時の記録』の中でこう振り返っていた。

「悔しかった。情けなかった。シーズン中もお前が頼りや―と言っときながら監督は最後の最後にオレの気持ちを裏切った。けど、キヌ(衣笠)がその怒りを抑えてくれた。あの言葉でどれだけ気持ちが楽になったか」

もちろん、古葉監督にも「将」としての言い分はあった。

「無死満塁の場面、さすがの江夏でも同点は覚悟しなければいけない。日本シリーズは長い。試合時間はまだ1時間あった。延長戦になってチャンスで江夏に打席が回れば当然、代打を送る。その時になって次の投手の肩を作り始めるようでは遅い」

江夏の左腕を信用しなかったのではなく、信用したからこその準備だった。だが、江夏にはそんな将の心は理解できなかった。

「思い込んだら自分の気持ちをよう変えん男やからなぁ」と平本先輩。引きずったままの55年シーズン。江夏は広島を去った。(敬称略)