緊張で震える指先を視界にとらえ、武良竜也(ミキハウス)は自分が案外冷静なことに気付いたという。東京五輪代表入りを決めた4月の競泳日本選手権男子200メートル平泳ぎの決勝レース直前のことだ。
「『こんなに緊張するんだ』と思ったけれど、手の震えが見えたということは、周囲も見えていたということ」
ライバルは世界記録に迫る2分6秒台の自己ベストを持つ渡辺一平(トヨタ自動車)と佐藤翔馬(東京SC)。両サイドを泳ぐ2人の出方をうかがいつつ、24歳は自身の泳ぎを貫いた。強みのラスト50メートルで渡辺を抜き去り、佐藤に次ぐ2分7秒58の2位で五輪切符を勝ち取った。レース後、心境を問われた苦労人は、この1年をしみじみと振り返った。
「『本当にうれしい』のただ一言。五輪に出たら、何かが変わるのではないかと思ってやってきた」
約1年前、武良は葛藤の日々を過ごしていた。新型コロナウイルス禍で東京五輪の延期が決まり、昨年3月に所属先から「これ以上は難しい」と契約解除の連絡を受けた。「もともと契約は1年更新。前年にいい結果を出せなかったのは僕だし、そこはシビアな世界なので」。仕方のないことと理解はしても、競技を続ける上で金銭面の支援がなくなることは痛かった。