鑑賞眼

桑原あいソロコンサート 暴れるクジラと海を渡った夜

ジャズピアニスト、桑原あい。写真は今年1月のコンサート=東京都新宿区(C)Ryo Mitamura
ジャズピアニスト、桑原あい。写真は今年1月のコンサート=東京都新宿区(C)Ryo Mitamura

コンサートで使うグランドピアノはとても大きな楽器で、この夜、東京オペラシティのリサイタルホールで桑原(くわばら)あい(29)が対峙した名器の側面は、おそらく3メートル近くある。桑原の身長は155センチだというから、これはもう、ちょっとしたクジラのようなものである。

このクジラを完全に制御するピアニストもいるが、少なくともこの夜の桑原は違った。そこが、このジャズピアニストのおもしろさだ。桑原は、暴れ回るクジラに懸命に語りかけ、なだめ、すかし、愛情を注ぐ。クジラは反発し、波しぶきを上げるが、最後には非常に美しい音楽を紡ぎ出した。そんな共同作業が展開した約1時間半のコンサート。耳も目もくぎ付けだった。

4月に出したソロピアノアルバム「Opera」収録曲を演奏するツアーの最終日。全4公演のうち3公演はジャズクラブが会場でトリオ編成の演奏も混ぜたが、最終日のこの夜、桑原は1人でピアノに向かった。

会場は、クラシックのリサイタルで使うホール。アルバムもここで録音。ゆえに「Opera」と名付けたが、265人収容と小ぶりなこともあり、この夜もマイクを使わず、ピアノの「生音」を聞かせた。

開幕時間になると桑原は無造作にピアノの横に現れ、客席に向かってペコリと頭を下げた。「これから1時間半、ほぼピアノに集中します」と宣言。一度、舞台袖に引っ込んだら最後、集中力を取り戻せない。だから、アンコールは無しだなどと説明した。

それはそうだ。これから大きなクジラを手なずけるのだ。並大抵でない集中力が必要だ。

椅子に座り、肩や手首をコキコキと回し、アゴを軽く上げてあげて目をつぶると指が鍵盤の上を走り始めた。

鐘の音のような連打。風の流れ、あるいは川のせせらぎのようなアルペジオで、独特の音世界を作り上げていく。