【ビブリオエッセー】小説が武器になった時代「あの本は読まれているか」 ラーラ・プレスコット著 吉澤康子訳(東京創元社) - 産経ニュース

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ビブリオエッセー

小説が武器になった時代「あの本は読まれているか」 ラーラ・プレスコット著 吉澤康子訳(東京創元社)

冷戦の時代、1冊の本をめぐって米ソを中心に繰り広げられた物語で、歴史的事実を背景にしたフィクションである。それはパステルナークの小説『ドクトル・ジバゴ』。昔見た映画の記憶しか残っていないが甘美な主題曲は今も私のお気に入りだ。

物語は1949年のモスクワでパステルナークの愛人、オリガが秘密警察に連行され、『ドクトル・ジバゴ』についての尋問を受ける場面から始まる。その後、彼女は収容所に送られ、過酷で長い懲役生活を送る。小説はイタリアで出版された後、各国で翻訳されたが、ソ連当局はロシア革命を批判する反体制的な作品とみて発禁処分にした。

場所は変わってワシントン。CIAにタイピストとして採用されたロシア移民の娘、イリーナがもう一人の主人公だ。CIAは『ドクトル・ジバゴ』をある作戦に利用しようと考えていた。この小説をソ連国民の手に渡し、弾圧や抑圧の現状を知らしめ、国内から体制批判へつなげようというのだ。イリーナはこの作戦に参加させられた。名前、職業、国籍を変えながらのスパイ活動の描写はスリル満点だ。

その後、パステルナークはノーベル文学賞に決まったが発表後、ソ連政府や作家同盟は受賞辞退を強要した。心身ともに衰弱したパステルナークを気丈に支えたオリガこそ『ドクトル・ジバゴ』のヒロイン、ラーラと言われている。

政治戦略の武器のように利用され、作家の人生を翻弄した「あの本」は今も読まれ、映画とともに長く愛され続けている。この本はそれをもとに書いた再読必至の傑作ミステリー。著者のラーラは映画の主題曲「ラーラのテーマ」にちなんで付けられた本名らしい。3人のラーラがこの本でひとつになった。

大阪府富田林市 北野恵子(76)