勇者の物語~「虎番疾風録」番外編~田所龍一(259)

爆弾発言 江夏「辞めたい」、監督との関係変化

日本ハムへの移籍が決まった広島・江夏豊投手。「いけと言われればしかたがない」と淡々と語った=1980年11月10日、広島市民球場内の球団事務所で
日本ハムへの移籍が決まった広島・江夏豊投手。「いけと言われればしかたがない」と淡々と語った=1980年11月10日、広島市民球場内の球団事務所で

■勇者の物語(258)

「世界の王」が引退を発表したちょうどその頃、広島で〝騒動〟が起こった。日本シリーズで西本近鉄を下し、2連覇を達成した広島の江夏豊が突如、「オレは広島を辞めたい」と言い出したのである。この昭和55年シーズン、9勝6敗21セーブ。連続日本一にも大貢献した抑えの切り札・江夏の発言は、広島の祝勝ムードに冷や水を浴びせかけた。

「江夏が球団に不満を持っている」という声はシーズン中からあった。

①「打者」に比べ「投手」の評価が低いこと②山本浩二との不仲③古葉監督への不信感―。その中の③古葉監督への不満が、今回の爆弾発言に繋がった―といわれた。

広島での江夏は山本浩を中心にした赤ヘル主流とは一線を画し〝一匹狼〟のようにふるまった。一糸乱れずに進む広島の厳しい練習。だが、江夏だけは常に別メニュー。「どうして江夏だけ」という野手たちの不満を古葉監督は「マウンドで期待通りの働きをしてくれればいい」と抑え、江夏の勝手を黙認してきた。

ところが3年目のことし、古葉監督はときに厳しく当たるなど江夏に対しての姿勢を変えた。両者の間に冷たいものが流れグラウンドで顔を合わせても話もしない。シーズン終盤から日本シリーズにかけてそれは頂点に達していた。

「阪神におるときと同じや…」と平本先輩が大きなため息をついた。48年ごろの阪神・金田正泰監督と江夏との関係に似ているという。

当時、金田監督と江夏は「ゆたか」「おじき」と呼び合うほどに仲がよかった。監督が江夏の甘えを黙認している間はよかった。だが、他の選手から不満が出て突き上げられると、監督も江夏を同一に扱わざるを得なくなり厳しく当たった。すると江夏はプイッと横を向いた。

「江夏は〝オレは頼られている。信頼されている〟ということを意気に感じる人間。単純でかわいい男なんだよ。でも、その信頼が崩れると〝なんでや〟と腹を立ててしまう。寂しいんやろな。あいつは究極の寂しがり屋なんや」

江夏を阪神入団当時から見てきた平本先輩らしい言葉だった。

それにしても、なぜ、3年目のことしになって二人の関係が〝変化〟したか。平本先輩は「原因は昨年の日本シリーズにある」と指摘した。(敬称略)

■勇者の物語(260)