話の肖像画

逆境を乗り越えた社員たち ジャパネットたかた創業者・高田明㉑

平成27年、長男、旭人さん(左)との社長交代を発表
平成27年、長男、旭人さん(左)との社長交代を発表

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《平成22年、過去最高益を記録した》


16年3月の顧客情報流出事件で約2カ月の自粛期間を経て、通販事業を再開しました。その教訓からお客さまに人生の豊かさや感動を味わってもらうという企業のミッション(目的)の再確認や企業理念を共有するクレド(信条)の作成、社内研修にも力を入れるようになりました。年商は伸び、時代の追い風もあって22年には1759億円を売り上げ、136億円の最高益を記録しました。

追い風とは23年7月に控えた地上波デジタル放送への完全移行と21年にスタートした家電エコポイント制度です。デジタル放送対応のテレビ特需が成長を支えてくれたのです。しかし地デジに完全移行した後は、一転して2年連続で減収減益となりました。


《逆境のなか、あえて東京進出を決意。そして24年の年末、進退をかけた「覚悟の年」を宣言する》


24年に「ムーブジャパネット」というキャッチフレーズを掲げて、前に進もうというメッセージを出しました。その取り組みの一つが本格的な東京進出です。東京進出は、減収減益の厳しい状況でも「ジャパネットが新しいことをやっている」ことをお客さまにお伝えするということと、社員たちを鼓舞し、「社内競争」を持ち込むのが狙いでした。世の中のマインドが変化する中、これまでと同じことをやっていくのではなく、「変化を自分たちで作り出していく」ことが必要だと感じたのです。

拠点となる東京のオフィスは六本木の高層ビル34階に決めました。そのオフィスの一角が少し天井が高く、テレビスタジオとして使えそうだったことが決め手です。運命を感じましたね。僕は佐世保に残り、東京は長男に任せることにしました。佐世保では地上波のテレビ放送、ラジオ、カタログなどペーパーメディアを、東京では専門チャンネル(CS)のテレビ放送、インターネット、バイヤー部門というすみわけを行い、いい意味で競争意識を働かせていろんなことに挑戦しました。

さらに24年の年の瀬、佐世保市内のホテルで行われた忘年会で、「来年、最高益の136億円を超えられなければ社長を辞める」と宣言しました。会場は驚きに包まれましたね。初めて具体的な数字を目標に掲げたのですが、これは僕自身の覚悟と、社員がそれぞれの分野でプロを目指す覚悟を持つことで本当に強い会社を築きたいという思いがあったからです。こうして25年、「覚悟の年」が始まりました。

テレビは売れなくてもエアコンや冷蔵庫など他にも商品はある。再度目を向けて社員の工夫で売り上げ増につなげたり、当初、僕は反対していたが現社長が中心となって取り組んで大成功した1日1商品を扱う「チャレンジデー」の定着など、全社一丸となって走り切りました。結果、経常利益は過去最高を大きく更新する154億円。覚悟の年に社員の成長を確認することができました。


《その年の暮れ、2年後の社長引退を宣言、長男に後任を託した。が、1年前倒しで退くことに》


「覚悟の年」に目標を達成でき、社員の成長を目の当たりにしたうえで、1年前倒しで退くと宣言し直しました。「大丈夫か」という声もあったのですが、現に昨年の売り上げは2400億円で、僕の最終年から900億円近くも伸ばしています。コロナ禍でも世の中のためになることを第一に考えるというジャパネットのミッションに基づき、利用者減で困っているホテルを借り上げてコールセンターにしたり、外食が減って収入減の生産者と消費者をつなぐ「生産者応援プロジェクト」などを積極的に行っています。まだまだ足りない部分もありますが、バトンを受け継いだジャパネットの社員たちは一生懸命頑張っています。(聞き手 大野正利)=明日からデザイナー、コシノジュンコさん

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