主張

投稿判事を訴追 品位欠く発信許されない

言論や表現の自由は民主主義の根幹である。あまたの犠牲を経て勝ち取られた尊い権利だからこそ、はき違えてはならない。言論の自由は、他者の尊厳を傷つけ貶(おとし)め、品位を著しく欠く言動を、何人に対しても保障するものではない。

ツイッターなど会員制交流サイト(SNS)への不適切な投稿で裁判当事者を傷つけたとして訴追請求された仙台高裁の岡口基一判事について、国会の裁判官訴追委員会(委員長・新藤義孝衆院議員)は罷免を求めて裁判官弾劾裁判所に訴追することを決めた。

問題とされた一連の投稿には犯罪被害者の心情を逆なでする表現が含まれており、当然の結論である。今後、弾劾裁判で「威信を著しく失う非行」にあたるかどうかが審理される。

岡口氏は、東京高裁に所属していた平成29年12月、東京都江戸川区の女子高生殺害事件について不適切な投稿を行った。女子高生の両親が東京高裁に抗議すると、ブログやフェイスブックに「因縁をつけているだけ」「遺族は俺を非難するよう東京高裁事務局に洗脳された」とつづった。30年には犬の所有権をめぐる訴訟で飼い主を揶揄(やゆ)するようなツイートをした。自身とみられる半裸画像や下着姿を投稿したこともある。いずれも常識を疑う発信だが、岡口氏側は「裁判官にも表現の自由がある」と非を認めていない。

最高裁は30年と昨年の2度、岡口氏を戒告の懲戒処分とした。最高裁は裁判官の表現の自由を認めながら、岡口氏の言動は「許容される限度を逸脱した」と断じた。今回の訴追についても岡口氏側は「裁判官の独立や人権、表現の自由に対する重大な脅威であり、ひいては国民の権利に大きな影響を及ぼす」と反論している。国民の権利を誤解していないか。

裁判は当事者の人生を大きく左右する。社会の規範を変える効力も持つ。裁判官に一定の権威、信頼を認めることができなければ、これらは成立しない。

裁判官と国民の間で守られるべき最大の権利とは、公正な裁判そのものだ。公正さや良識を疑う発信を続ける裁判官に、誰が紛争を委ねたいと思うだろう。

人や事象を裁く最後のよりどころは常識にあるという。常識や良識からの孤立が裁判官の独立と結びつけられてはたまらない。

会員限定記事会員サービス詳細