久保田勇夫の一筆両断 金融から世界が見える日本が見える

アメリカとは何か―バイデン大統領の財政・租税政策―

2021年1月に誕生したバイデン大統領の政策は、トランプ前大統領のそれとはさまざまな意味で対照的である。

まず政策の進展が早い。米国では大統領が交代すると、新政権下では政策の起動が遅いのが常である。なぜならば、大統領が代わると、その政府の幹部であるいわゆる「政治的任用」下の人々の交代があるのが常であり、その人選及び議会承認に時間がかかるからである。トランプ前大統領の場合には、その政策が定まらないこともあり、格段に遅かった。ところが、バイデン政権はそうではない。大統領就任の1カ月半ほど前、ある有力誌の記事でその重要なスタッフが「この政権では新大統領がその最初の100日間で何をやるか、次の100日間で何をやるかを既に決めている」と述べていたが、その通りである。

政策実施のスピードに加えて、政策の方向や内容にも大きな違いがある。脱退していた世界保健機関(WHO)や気候変動に関するパリ協定への復帰、北大西洋条約機構(NATO)やアジア諸国の同盟関係の改善など、国際社会への復帰といった対外政策のそれは広く認識されているが、国内の経済政策についてもそうである。

■政府の役割の再評価

その一つは、政府の役割を再評価し、その結果としての小さな政府から大きな政府への転換である。バイデン政権は2021年3月には、1兆9千億ドル(約200兆円)の歳出を可能とする「米国救済計画」を成立させた。これは、ワクチン対策とコロナに関連する弱者対策を内容とするものである。

同政権は続いて、第2弾と第3弾の大型支出計画を発表している。第2弾は2兆3千億ドルの「米国雇用計画」と呼ばれるインフラ強化策である。ここでは「インフラ」という言葉に、通常言われている道路、鉄道などの経済インフラに加え、老人その他の弱者対策という意味での人的インフラ及び産業のインフラという意味での半導体関連事業を含めているようである。第3弾は「米国家族計画」という1兆8千億ドルの教育、子供、老人といった観点からの個々人に対する生活環境の充実策である。

■税率の引き上げ

経済政策についての大きな変化のもう一つは、減税政策から増税政策への転換である。バイデン政権は第2弾と第3弾の歳出を、富裕層と法人への増税で賄うとしている。現在のところ、法人税については現在の21%の税率を28%へ引き上げ、所得税はその最高税率を37%から39・6%へと引き上げた上で、現在は他の所得とは区別して、金額の大小にかかわらず一律に20%の分離課税の対象としている利子・配当所得も、総合課税の対象とするという。この結果、利子及び配当にかかる最高税率は、それに課される付加税も含めて現在の23・8%から43・4%に上昇することになるという。

前任のトランプ氏は減税政策を採用した。法人税の税率を35%から31%へ引き下げ、所得税も7段階であった課税区分を3段階に縮小して実質的な減税を行っている。

このようなアメリカの急速、かつ、鋭角的な政策の変更は周辺国や世界全体に新たな対応を求めることになる。われわれは好むと好まざるとにかかわらず、これまで同様、このような急激な変化を伴うアメリカに対処していかざるを得ない。

要は、このようなアメリカの政策をどう評価するかである。国としての政策の一貫性がないという点ではその通りであろうが、他方で、これにより、この国の政策がいい加減であると判断するのは間違いである。

俯瞰すれば、この新しいバイデン政権の政策は基本的には民主党の伝統的な考え方に沿ったものである。税については、同党は必要とあらば増税を辞さない。それは、テーマによっては、国家は積極的な役割を果たすべきであるという同党の姿は、当然大きな政府の容認を意味し、その為には財源が必要だからである。また、その目指す、より平等な社会は高額所得者への課税強化には親和的である。

私は昭和47(1972)年6月から4年間、課長補佐として大蔵省(現財務省)主税局に勤務した。驚いたことは、わが国の所得税の最高税率が異常に高いことであった。国税である所得税の最高税率は75%、地方税である住民税の税率は18%であったように思うが、この両者を単純に合計すれば93%となる(実際は地方税の計算の仕組みによって最高限界税率は90%だったように思う)。せめて「五公五民」(国や地方の取り分は半分)とすべきではないかというのが当時の主税局の雰囲気であった。この異常に高い税率の淵源は第二次大戦後、わが国の占領政策を担当していたその部門の責任者が米国の民主党系の人であり、彼らが母国で実現できなかった高額所得への重課を日本で実現しようとしたからだと聞いた。

バイデン大統領による大きな政府も、民主党の伝統的な流れに沿ったものである。顕著なものとしては、失業救済のため、フランクリン・ルーズベルト大統領が実施した「ニューディール政策」や、リンドン・ジョンソン大統領の「偉大な社会」がある。

■良質な経済政策

改めて検証してみると、一連の財政・租税政策が極めて合理的であり、かつ経済原則に沿ったものであることがわかる。

第1に、現下のコロナ禍という未曽有の危機への対策として個人の生活を守るという、いわゆる「セーフティー・ネット」の構築が行われている。わが国のように、コロナ対策のため行動の自由が制約され、その当然の結果として景気が低下しているときに、これを打ち消すための景気刺激策を予算に計上しているわけではない。

第2にコロナ禍のために経済構造が大きく変わろうとするこの時期、経済の成り行きは市場に決めさせようとする市場経済原則の活用である。例えば業界の事情を考慮して予算をつけるとか、前年同期比の売り上げをベースに支給金を計算する(これは従来の経済構造を守るという思想に基づいている)といったことにはなっていない。

第3にインフラ強化とか教育の充実とか、経済を強化するための本来的な政策の支出増がその財源、すなわち増税とセットにして国民に提示されている。わが国の場合、2020年度中に当面のコロナ対策の他、国土強化、デジタル化推進などのために巨額の予算が追加されたが、新規財源の具体策はおろか、財源についての議論すら十分に行われてはいない。

では、アメリカはいかなる仕組みでこのような良質の経済政策を可能にしているのであろうか。それがわが国の政策に意味するところは何か。次回以降で取り上げることとしたい。

【久保田勇夫(くぼた・いさお)】 昭和17年生まれ。福岡県立修猷館高校、東京大法学部卒。オックスフォード大経済学修士。大蔵省(現財務省)に入省。国際金融局次長、関税局長、国土事務次官、都市基盤整備公団副総裁、ローン・スター・ジャパン・アクイジッションズ会長などを経て、平成18年6月に西日本シティ銀行頭取に就任。26年6月から会長。28年10月から西日本フィナンシャルホールディングス会長を兼務。