近未来小説で問う人間とは 平野啓一郎さん 新作「本心」

「この後はしばらく短編を書きたい」と話す平野啓一郎さん(文芸春秋提供)
「この後はしばらく短編を書きたい」と話す平野啓一郎さん(文芸春秋提供)

「日本の将来には、あまり明るいイメージが抱けない。じゃあ、その中でどう生きていくのか? と考えたんです」。平野啓一郎さん(46)の新作『本心』(文芸春秋)の舞台は、自ら死ぬ時期を選べる「自由死」が合法化された約20年後の日本。死の自己決定や格差の問題も盛り込んだ長編には「人間とその心とは?」「幸福とは何か?」といった根源的な問いが流れる。

2040年代の東京。最愛の母を事故で亡くし喪失感に沈む29歳の青年・朔也(さくや)は、AI(人工知能)技術で、母そっくりの「VF(バーチャル・フィギュア)」を作ってもらう。生前、〈もう十分〉と口にして安楽死である「自由死」を望んでいた母の本心を知るためにも…。生きていたころの記録を機械学習したVFの母と対話する朔也。一方で、母の同僚だった若い女性や付き合いのあった老作家らに話を聞くうち、いわゆる「ロスジェネ世代」だった母の別の顔や隠されていた事実も見えてくる。

「年金制度が破綻しかけている中で、僕も属する(人口の多い)団塊ジュニア世代が高齢者になる時代が来る。若い世代に支えてもらう、となったときに『いつまで生き続けるのか?』ってプレッシャーを相当強く受けるんじゃないか」と平野さん。そんな実感が題名と絡み合う。

「本心といっても、時間がたてば変わることもあるし、状況によって、そう言わざるを得なかったという場合もあって、安定したものではない。そんな揺らぎのあるものが社会システムを下支えしている問題があるんですよね」

物語にはネット上のアバター(分身)のデザインで富を築いた車いすの青年や不当な差別を受ける外国人女性も出てくる。格差や分断などの現実も掘り下げつつ、孤独な朔也の心の遍歴が丁寧に描かれる。表面的な返答を重ねるVFの母と接しても、亡き母の本心はつかめない。しかも本当の母との淡い記憶に浸る時間は減り、朔也は満たされない。そう感じるのは、母の同僚ら生身の他者と交友を深め、喪失の悲しみを克服しつつあるためでもある。だからこの小説は、平野さんが新書『私とは何か』(平成24年)で打ち出した〈(人は)相手次第で、自然と様々な自分になる〉という「分人主義」の延長にある人間論、そして幸福論とも読める。

「今の自分を見たら、母にどんな感情が芽生えるだろう? そんな心の内なる反応を想像するのが、生きている人と接する大きな喜び。人間は以前と違うことを言ったりしながら絶えず変化していく。その『変化』や『持続』を、個人のアイデンティティーと絡めて考えるのが近年の仕事の一つだった気がする」

新型コロナウイルス禍の前に構想された今作で描かれる人間の「身体接触の少なさ」は、はからずもパンデミック下の現在と重なる。「身体接触を含めた『人間の距離感』というのは大きなテーマになっていく」と語る。「自分の存在をこの世界で維持するギリギリのところで言葉を求めている読者がいる。その声を作者として受け止めていきたい」

ひらの・けいいちろう 昭和50年、愛知県生まれ。平成11年、京都大法学部在学中に投稿した『日蝕』で芥川賞。映画化された『マチネの終わりに』(渡辺淳一文学賞)、『ある男』(読売文学賞)など著書多数。

会員限定記事会員サービス詳細