朝晴れエッセー

あの日の最善手・6月26日

近年、藤井聡太棋聖=王位=の活躍から目が離せない。私は中学時代、将棋部に所属していた。部員は約15人。同期には各小学校から腕自慢たちが集まっていた。

部内で毎月、リーグ戦が行われ、上位5人がAチームとして公式戦に出場できる。毎局、意地と意地のぶつかり合い。すり減った駒たちがそれを物語っていた。

よしんば、対局で敗れたとしても、感想戦では簡単におのおのの自説を曲げない。徐々に声が大きくなり、数々口論にまで発展した。

土日は有志で関西将棋会館や小阪将棋クラブに通い、研鑽(けんさん)した。そうした努力が実り、私は中学2年から大会に出場し、市の団体戦でV3達成。目標を最後の大会とし、府の団体戦優勝に照準を定めていた。

大会当日、わが校は準決勝まで順当に駒を進めた。2対2で迎えた大将戦、私は終盤で手順を間違い、まさかの逆転負け。ショックに打ちひしがれた。

閉会後、顧問の瀬川先生が「皆で飯でも行こう!」と誘ってくださったが、かたくなに拒否。1人、早々と帰路へ。部長だった私はその日、2度目の「悪手」を指してしまった。

赤面の至りは覚悟の上で、いつか皆であの日の振り返りがしたい。

「最善手」は何だったのか。両親、先生や先輩方への感謝、仲間との健闘のたたえ合い、後輩への激励など、候補手は幾つも上がるだろう。

できたら、懐かしい駒音も響かせたい。ただし、感想戦は短めで。くれぐれもマスクは着けたままで。

西尾学 50 大阪府東大阪市