人間の顔の見える、心の結束 『大英帝国2・0』で読む日英関係の未来 - 産経ニュース

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人間の顔の見える、心の結束 『大英帝国2・0』で読む日英関係の未来

『大英帝国2.0』宇津木愛子著(鳥影社)
『大英帝国2.0』宇津木愛子著(鳥影社)

英国の欧州連合(EU)離脱を機に日英間は新たな時代を迎えている。日英包括的経済連携協定が締結され、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)への英国の加入交渉が動き出した。その一方で注目されるのが、英連邦を基盤とする「英語圏」の活性化だ。大英帝国を超えた「心の結束」に非英語圏の日本が仲間入りを期待され、それとともに新たな課題も見えてきた。

「国民投票でEU離脱派が勝利して以来、英国内の混乱に焦点を当て、英国が愚かな決断をしたかのような批判が続いた。過去の栄光にすがる老大国といった印象すら与えた」

『大英帝国2.0』(鳥影社)を著した慶應義塾大学の宇津木愛子名誉教授はこうした事態に憂慮したことが出版の契機になったと語る。書名は離脱反対派が大英帝国時代の植民地政策への皮肉を込めて使った言葉だが、逆に将来の光を見いだす表現ととらえた。

その基盤となるのが英語圏だ。「EU離脱騒動の報道では国家の尊厳や文化面は軽視された。文化面を重視し、英語に焦点を当て、その歴史にも触れて言語としての宿命のようなものを解説した」と話す。

大英帝国の復活を意味するものでも揶揄するものでもない。大英帝国の植民地の概念を超えた新しい世界システムの構築だとみる。そこで期待されるのは、大胆で品格ある世界。「人間の顔の見える、心の結束」の創出である。

英国は日本にその世界への参加を期待していると説く。経済効果なら東洋ではインドと中国だが、日本には経済協定や政治的な関わりを超えた本音の付き合いを潜在的に求めている印象を受けるという。

その証左として、2017年に来日した当時のメイ首相が日英は「like-minded」(志を同じくする)と述べたことを著書で指摘した。英連邦以外で使った国は日本だけと伝えられた言葉だ。

機密情報を共有する「ファイブ・アイズ」への協力要請も重視する。並大抵の英語力では対応は難しい現実はあるが、「英語が不得手な人を排除したり差別したりしないこと。言語には〝つなぐ力〟と〝引き離す力〟があり、後者の力は発動させないこと」と話す。

一方で日本には何が必要か。「人類なのだから仲よくできるはずだという精神を持つこと。英国のEU離脱の理念から理解できるように、国境はしっかりと設け、国家の文化の尊厳を守ること。ただ、国境は排除するための境界ではなく、国境を超越して理解する努力が真のグローバリゼーション。超越の精神が重要な課題になる」と指摘する。

政治的な曲折もあるかもしれない。アダム・スミスのいう「公平なる観察者」の姿勢を貫き、「日英間、さらには世界の平和はどうあるべきかを熟考することが大切だ」と語った。

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国境を越えた文化交流は日英交流年「UK in JAPAN」ですでに進んでいる。ブリティッシュ・カウンシルと駐日英国大使館の事業で、一昨年から、未来志向型のグローバルリーダーとしての日英間で連携を深めている。

障害を乗り越えて演劇活動を続けている役者らによる舞台劇はその主要プログラムの一つで、6月初旬に東京・池袋で上演された。演目はシェークスピアの『テンペスト』。大航海時代の逸話が基にあり、大英帝国の幕開けと縁のある作品ともいわれる。

バングラデシュも加えた3カ国共同事業だが、コロナ禍で練習から3カ国をつないでオンラインで行われた。脚本は大幅に変更され、言語、障害、コロナ禍の壁に直面しながら舞台裏まで作品化した。手話で演じる部分をその場で吹き替え、口語で演じられる部分を手話で行うという役も重要な登場人物となった。

オンラインで総合指導した英国の演出家、ジェニー・シーレイさんは「拒絶と受容についての作品。障害者は社会から拒絶され、自分の中に嵐を抱えている。演じることで見える形で存在する権利を表明した。これは観客の作品でもある」と語り、新たな文化交流の象徴となった。

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大英帝国をめぐる議論はイラク戦争当時に教育界で話題になったことがある。戦後の統治を研究するのに大英帝国の教訓が注目され、英国内で大英帝国史を改めて教える動きにつながったのだ。ただ、「帝国の構築や統治者となる方法はもはや意味がない」とするところはいまに通じる。

最近の英国民の意識をみると、ロンドン大学キングスカレッジの政策研究所の調査では、大英帝国を誇りに思う人は35%、批判的な人は23%、どちらでもない人は38%だった。20年前と比べると、誇りに思う人は半分近くに減り、批判的な人は変わらず、無関心層が増えていることがわかる。

だが、興味深いのは、大英帝国に肯定的な人と否定的な人の相互の交友関係で、肯定的な人の方が逆の立場の人により寛容であるという結果だ。英社会に根付く健全な保守の発想の表れといえ、「大英帝国2・0」の支持を牽引(けんいん)する要因もここにありそうだ。