快感120キロ かっ飛ぶ17歳少女 競艇デビュー - 産経ニュース

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快感120キロ かっ飛ぶ17歳少女 競艇デビュー

ボートレーサーの宮崎つぐみ選手=大阪市住之江区 (安元雄太撮影)
ボートレーサーの宮崎つぐみ選手=大阪市住之江区 (安元雄太撮影)

大阪府大東市出身の17歳のボートレーサー、宮崎つぐみさんが、故郷・大阪のボートレース住之江(大阪市住之江区)で念願のプロデビューを果たした。倍率約20倍の難関、ボートレーサー養成所(福岡県柳川市)の試験を2度の挑戦で突破。同期の半分が去って行くという過酷な訓練にも耐えてきた。「多くの実戦を経験して強くなりたい。目指すのは日本一のボートレーサー」と意欲をみせる。

高校進学せずプロに

競艇ファンだった祖父の影響で、幼いころからたびたびレース場に足を運んでいたという宮崎さん。レーサーへの夢が膨らんだのは中学3年のとき。競技会場で開かれたイベントでプロレーサーが操縦するペアボートに同乗する機会に恵まれた。レース本番では最高時速約80キロ、体感速度は約120キロに達するという世界を垣間見た。「水しぶきや、うなるエンジン音に感動し、鳥肌が立った」という。

身長153センチ、体重47キロ。中学卒業後の進路を決める際、「体も小柄で向いているかも」という母の勧めもあり、男女関係なく実力が問われる世界に身を投じようと決意した。

国内では今年4月の時点で約1600人のプロのボートレーサーが全国各地の競艇場で活躍している。うち女性は約240人で2割を占め、性差関係なく同じレースで競う。階級が4つに分かれており、最上級のA1クラスには約320人が所属。中でもグランプリレースで優勝するトップレーサーともなれば、賞金を2億円以上を稼ぐことも夢ではない世界で、女性の活躍が多いのも特徴だ。

ボートレーサーの宮崎つぐみ選手(安元雄太撮影)
ボートレーサーの宮崎つぐみ選手(安元雄太撮影)

宮崎さんの目標は定まった。周囲はほとんど高校に進学したが「できるだけ早くプロになりたかった」と振り返る。

卒業後の5月、養成所の入所試験に挑戦。学科や体力、面接などのほか、立ち居振る舞いも厳格に審査された。小学校時代からバドミントンに励むなど体力には自信があった宮崎さん。適性や学科などはパスしたものの、面接などがある3次試験で不合格に。落ち込む中、「絶対にあきらめたらあかん」。母の言葉で奮起。「合格しかない」と強い決意で臨んだ11月の再挑戦で関門を突破した。

「キャビったら恥と思え」とは

昨年4月に養成所に入所すると、モーターの分解や組み立てなどのエンジン整備、関連する座学まで必要な知識を一から身につけた。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、例年行われているプロ選手を招いての訓練の機会はなくなったが、ボートを操る実技訓練は徹底して行われた。

「キャビったら恥と思え!」

水中にある空気(泡)のところでプロペラが空回りの状態になることを指すキャビテーション。「ボートが急減速し、生死にかかわる事故につながりかねないターンで、教官の怒号にはドキっとした」と振り返る。訓練で自分や他人を危険にさらすような走り方をした際、教官は「鬼になる」という厳しさも知った。

実技訓練に励む宮崎つぐみ選手(右)=福岡県柳川市(日本モーターボート競走会提供)
実技訓練に励む宮崎つぐみ選手(右)=福岡県柳川市(日本モーターボート競走会提供)

全寮制で、午前6時の起床から午後10時の消灯まで生活は徹底管理される養成所。携帯電話の持ち込みが禁止されるなど厳格な規律に加え、コロナ禍で外出もできない中、同期の友人らと「頑張ろう」と励まし合った。過酷な訓練で養成所を去る同期もいて、入所者52人中、修了式を迎えることができたのは28人(うち女性13人)だった。

水上の格闘技に参戦する喜び

5月、生まれ育った大阪で、プロのボートレーサーとしての第一歩を踏み出した。期間中、計8回のレースに臨んだが、6艇中5着が1回、あとは6着。さすがにベテランの走りを実感し、プロとしての洗礼を受けた。

(安元雄太撮影)
(安元雄太撮影)

「無観客だったので緊張はしなかったが、間隙をぬって前に出るタイミングを生かすことができなかったのがとても悔しかった」と残念がる一方、「出力を調節するレバーの操作はうまくできた」と手応えも得た。

豪快なエンジン音とともに水面を駆けるスピードとターンなど迫力満点の攻防を繰り広げる激しさから「水上の格闘技」と呼ばれるボートレース。「常に、無事故、完走を心がけ、将来は最上級のA1に上がって、最高峰のSG(スペシャルグレードレース)に出場し、お世話になった人たちや家族に恩返しをしたい」と高みを目指す。(高橋義春)