勇者の物語

1本の電話 梶本監督が説得阪急のために 虎番疾風録番外編255

阪急・梶本隆夫監督(左)と近鉄・西本幸雄監督
阪急・梶本隆夫監督(左)と近鉄・西本幸雄監督

■勇者の物語(254)

西田デスクの読みは的中していた。

西武・堤オーナーへ「断り」を入れた上田はその日の午後、東京都内で阪急の山口興一オーナー代行と会い、監督要請を受諾することを伝えていた。

翌10月14日、帰阪した山口オーナー代行は、大阪・梅田の電鉄本社で喜びの記者会見を開いた。

「1週間ほど前に上田さんに監督就任を要請し、きのう最終的にOKの返事をいただきました。野球は人気商売。それにブレーブスは燃えてないといかん。このままヘナヘナと灰色になってはいかんのでね。巻き返しますよ!」

そして西武や中日の争奪戦から上田を取り戻したのが誰かも判明した。同じ日、東京で会見を開いていた上田が復帰を決心した決め手をこう語った。

「10月6日に中日の堀田社長と会って自宅に帰ったところ、女房が〝梶本さんから電話があったわよ〟という。シーズン中も何度か相談にのっていたので、電話を入れると〝阪急を立て直すのはあなたしかおらん。ユニホームを着る意思があるんなら、もう一度やろう〟といわれた。その一言で腹を決めた」

この話は後年、筆者も梶本本人に確かめた。事実である。そしてこうも聞いた。「なんで監督の梶さんが説得したんです? 球団の仕事やしプライドもあったでしょう」。梶さんは笑って答えた。

「そんなもん関係ない。阪急をなんとかしたかった。ワシにはできんかった。やれる人がやる。それだけや」(第43話『背広の梶さん』)

だが、事実はもう少し複雑だった。9月の終わり、梶本監督は山口オーナー代行に呼ばれ、その席で「上田君を監督に戻そうと思っている。君はどう思う」と聞かれていた。どう思う? 梶本は言葉につまったという。当然である。それは監督解任の通告だからだ。「それがブレーブスにとって一番いいことだと思います」と梶本は答えた。そして、その席でコーチとして上田監督を支えること、西武か中日かで揺れている上田を説得すること―を託されたのである。

「3年契約であと1年残ってたし、梶さんも〝来年こそは〟とボクらに言うとった。普通は頼まれても説得なんかできんよ。けど、そこが梶さんの優しさ、大きさなんよ」とは福本豊の回想。筆者もそう思った。(敬称略)

■勇者の物語(256)

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