明治以降、庶民も「姓」の使用を開始 夫婦別姓

判決を受け取材に応じる原告団ら=23日午後、東京都千代田区(鴨志田拓海撮影)
判決を受け取材に応じる原告団ら=23日午後、東京都千代田区(鴨志田拓海撮影)

夫婦別姓を認めない民法と戸籍法の規定は違憲として、事実婚の男女3組が起こした家事審判の特別抗告審で、最高裁大法廷(裁判長・大谷直人長官)は、規定は「合憲」とする判断を示したが、日本ではいつから一般庶民が「姓」を使用するようになったのか。

江戸時代までは武士や貴族らを除く農民・町民などの一般庶民が名字(姓)を使用することは許されておらず、許されるようになったのは、明治3年の太政官布告からとされる。

同8年の布告で姓の使用が義務化されたが、これは徴兵制度の導入に伴い兵籍(軍人としての身分)を調べる必要があり、軍からの要請だったとされている。

妻の姓については、9年の太政官指令で「所生ノ氏(実家の姓)」を用いることとされ、いわゆる「夫婦別姓」だった。だが実際には、妻が夫の姓を名乗ることが慣習化していったとみられる。

夫婦が同じ姓を名乗るよう正式に定められたのは31年。同年に成立した明治民法には、戸主(当主)を中心とした「家」と呼ばれる家族制度が導入され、夫婦の姓について直接規定されず、「家」の姓を名乗ることを通じて同じ姓になるという考え方が採用された。

その後、昭和22年の民法改正により「夫婦は夫または妻の姓を名乗る」という、現在の夫婦同姓の仕組みが確立。明治民法以来の夫婦同姓の原則を維持しつつ、男女平等の理念に沿ったものとなった。