香港の蘋果日報は、中国政府の香港への影響が強まり他の有力紙が徐々に親中に傾く中、一貫して民主派を支援し香港政府や中国政府に批判的な記事を掲載してきた。同紙は2019年以降の民主派デモで、「社説」に相当する編集幹部らによる輪番制のコラムに加え、実際にデモに参加した創業者、黎智英(ジミー・ライ)氏の発言を報じるなどして強いメッセージを発してきた。
同紙は19年、香港から中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案を「悪法」と断じてキャンペーンを行った。初めての大規模抗議デモが行われた同年6月9日の翌日付朝刊では、主催者発表の参加人数103万人をデモ写真の上に大書し、「そちらに悪法があるなら、こちらには人民がいる」とする評論員の論説を掲載。黎氏がデモ現場で語った「道徳の力で悪法を阻止する」との言葉を伝えた。
暴力団関係者が新界地区・元朗でデモ参加者ら一般市民を襲撃した7月21日の翌朝には「警察と暴力団が協力した疑いがある」と断じ、8月31日に警察が地下鉄でデモ参加者らを殴打した事件では「元朗2・0」と銘打ち2つの事件を関連付けた。
10月1日の中国の国慶節(建国記念日)の朝刊では、「街に出て自由を守ろう。国慶はない」と抗議デモへの参加を呼びかけ。デモ鎮圧を受けた翌朝刊では「香港警察は北京のメンツを守るために(市民に)白色テロを仕掛けた」と断じた。
香港国家安全維持法(国安法)の施行が決まった昨年6月30日の朝刊は「悪法が香港に迫り、『一国二制度』は死んだが、香港は死なない」とする論説を掲載。今年6月4日の天安門事件32年の翌日には、追悼行事の主要会場が警察に封鎖されたことについて「ビクトリア公園は封鎖できても、人の心にカギはかけられない」と抵抗の意思を示した。
香港では、15年12月に英字紙サウスチャイナ・モーニング・ポストが中国ネット通販最大手、アリババ集団の傘下入り。非親中派とみられていた有力紙、明報の編集幹部が16年4月に更迭されるなど、報道の中国傾斜が懸念されてきた。こうした中、蘋果日報は、デモや事件の翌朝には、特設面で写真を大展開するなど日本のスポーツ紙に近いレイアウトで、反中・反政府の市民感情に訴えかけてきた。(田中靖人)