【主張】沖縄慰霊の日 史実に沿った平和伝承を - 産経ニュース

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沖縄慰霊の日 史実に沿った平和伝承を

沖縄は23日、沖縄戦の終結から76年となる「慰霊の日」を迎えた。

最後の激戦地となった糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園では「沖縄全戦没者追悼式」が営まれる。新型コロナウイルスの感染拡大により、主催する沖縄県は昨年に続いて規模を縮小し、菅義偉首相らの招待も見送った。

だが、この日が沖縄戦の全ての戦没者をしのぶ鎮魂の日であることに変わりはない。それぞれの場所で哀悼の誠をささげ、平和への誓いを新たにしたい。

沖縄の慶良間諸島に米軍が上陸した昭和20年3月26日から沖縄本島での組織的戦闘が終結する6月23日まで、日本軍将兵と県民約18万8千人が亡くなった。米軍も1万2千人以上が戦死した。

圧倒的兵力の米軍に、沖縄守備の日本軍は激しく抵抗し、九州などからも陸海軍の特攻機2571機や空挺(くうてい)隊が出撃した。県内では鉄血勤皇隊やひめゆり学徒隊など男女の中等学校生らも動員され、多くの若い命が散った。

その犠牲の上に今日の平和があることを、忘れてはなるまい。

ところが最近、犠牲者をしのぶ「英霊」や「散華」などの言葉に「戦争賛美」のレッテルを貼り、批判する傾向が県内で強まっている。来年度から使用される一部の高校歴史教科書が戦没学徒兵の碑を「顕彰碑」と紹介したところ、「戦死を美化する用語」だと批判され、検定合格後に「慰霊碑」に自主訂正する騒動もあった。

こうしたレッテル貼りは、かえって戦没者や遺族の気持ちをないがしろにするものだ。沖縄に古くからある学徒兵の碑などには「護国の神」「英霊の至誠」「決死敢闘」などの言葉も刻まれている。多くの県民が軍に協力し、国のためにと必死に戦った史実をゆがめていいのか。

むろん、熾烈(しれつ)な地上戦に巻き込まれ、県民が地獄の苦しみを味わったのも事実だ。日本兵に避難壕(ごう)を追われたり、スパイと疑われて殺害されたりした例もある。

そうした悲劇も、適切に後世に伝えていく必要があろう。

戦後76年がたち、伝承のあり方が問われている。一方的な歴史認識では、沖縄戦の実相を理解できず、戦没者への哀悼の念も生まれまい。

今日、改めて誓おう。史実に沿って沖縄戦を語り継ぎ、平和を守っていくと。