ビブリオエッセー

壊れやすくも、したたかに 「やわらかな足で人魚は」 香月夕花(文春文庫)

いわゆるジャケ買いだった。この文庫の表紙はほっそりした二本の足がつるりとした水面のようなところに立っている。内容を暗示するようなもろい美しさに魅かれて手に取った。

5つの短篇集である。主人公たちは心の痛みを抱えている。たとえ望まれて生まれたわけではなくても、生きるためのしたたかさとずるさを身につけていく。

「逃げてゆく緑の男」の大学生、桐也は女友達にそそのかされて振り込め詐欺に手を染める。母親の経営する健康食品販売の顧客データを盗み、62歳の女性に目をつけ、息子を装って何度も電話をかけるのだ。その後、女性の母親の葬儀に出向いてことの真相を知る。桐也は両親の不和、家庭の不幸から自らの生をつかむため、いつも見る非常誘導灯の駆けていく緑の男に自身を重ねて、一歩を踏み出す。

「水に立つ人」は小学校の女性教師が主人公だ。学校で知り合った写真館の青年。この青年は少年時代にプールで何度もビート板の上に立とうとしたがうまく立てなかったという思い出を語る。その後、青年は撮影に出たまま姿を消した。青年を追って全国を回る女性教師。人と人との関係はこのビート板のようにバランスがとりにくく壊れやすいものかもしれない。

「彼女の海に沈む」は中学教師、淳一と不登校の女生徒の物語。淳一は、わが子を顧みない母や祖父から逃げ出そうとする女生徒に同情し、やがて社会的な地位も家庭も失う。茫然自失となる淳一だが、自身も女生徒の愛にしがみついていたことを知る。そして憧れていた海をようやく手に入れたと感じるのだ。

現代的な家庭や学校、社会の問題を背景にしながら、名づけがたい人と人との運命的なつながりを繊細に描いた作品集である。

横浜市南区 ゆかり(41)

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