90歳ボランティア 東京五輪は「集大成」

開催まで1カ月となった東京五輪。運営上の不確定要素は多いが、大会ボランティアはそれぞれ準備を進めている。ボランティア歴20年以上の安田十四雄(としお)さん(90)=横浜市中区=は東京五輪を「集大成」と位置づけ、体力作りに余念がない。「始まったらトラブル続きなのは、どの国際大会でも同じ」と話し、その日が来るのを待ち望んでいる。

今月14日、産経新聞の取材のため、東京大会のユニホームに初めて袖を通した。「ユニホームは何枚ももらったけれど、やっぱり気持ちが盛り上がりますよね」。顔をほころばせた。サッカーの会場となる横浜国際総合競技場(日産スタジアム)で観客対応に当たることは決まっているが、それ以上の指示は大会組織委員会からまだない。

それでも「準備不足とかの焦りはないんです」と言い切る。「意外と始まれば何とかなるものですよ。そもそも、トラブルのない国際大会なんて逆にない。今は無事に開催できるよう祈るばかりです」

ボランティアを始めたのは、1998(平成10)年の長野五輪から。若いころから、北アルプスで登山やスキーに明け暮れた。お世話になった長野に恩返しする意味でボランティアに応募した。八方尾根のスキー会場で、海外のカメラマンを撮影スポットに誘導し、フィルム回収などのサポートに当たった。

準備不足が指摘される東京大会だが、成功に終わった長野大会も決して準備万端だったわけではない。当初、ボランティア用に用意された登山装備は簡易的で、凍った急斜面で滑落の恐れがあった。安田さんは組織委にかけ合い、ふもとの山道具店を回って本格的な装備をかき集めた。そろったのは開幕ギリギリだった。

毎朝4時に起き、6時には会場に出る日々が休みなく1カ月続いた。「全員プロのカメラマンだから、なかなか言うことを聞かなくてね」。英語でなだめすかし、何とか所定の位置に押し込めた。夜中に観客席のトイレに落雷があり、夜を徹して修理に追われるなどハプニングだらけだったが、大会を成功に導いた充実感は何ものにも替えがたかった。

それから、地元の横浜で日産スタジアムの運営ボランティアを20年以上続けている。2002年のサッカーワールドカップ(W杯)日韓大会や19年のラグビーW杯など、数々の国際大会を経験した。酒に酔って騒ぐ観客の対応に、客席の二重予約。会場で迷子になった仲間のボランティアを〝救出〟したこともあった。トラブルが当たり前だったから、今の状況も落ち着いて受け止める。

唯一の気がかりは、観客の有無だ。「試合終了後の観客とのハイタッチ。これがあると1日の疲れが吹き飛ぶんですよ。少しでも観客が入ってくれるといいんですが…」。今年10月で91歳。思い描く五輪が開催されることを信じ、1日1時間、自宅の周りを歩いて本番に備えている。(大森貴弘)

会員限定記事会員サービス詳細