岩櫃城跡から金粒子、戦国時代の遺跡では群馬県初

群馬県東吾妻町にある岩櫃城跡(同町教育委員会提供)
群馬県東吾妻町にある岩櫃城跡(同町教育委員会提供)

群馬県東吾妻町教育委員会は、国指定史跡の戦国時代の山城の岩櫃(いわびつ)城跡(同町)から出土した坩堝(るつぼ)と呼ばれる器に金粒子が付着していたと発表した。坩堝は、金属を溶かすのに使われるもので、加工作業に砂金が使われていた可能性が高い。町教委によると、戦国時代の遺跡から金粒子付着の遺物が確認されたのは県内では初めてで、全国23例目という。

国立科学博物館理工学研究部の沓名(くつな)貴彦研究主幹が昨夏から分析。エックス線透過装置による撮影、顕微鏡観察、蛍光エックス線分析などで科学分析した結果、この器に金粒子が付着していたことが判明。装飾品や調度品などに活用していた可能性があるという。

平成26年度に実施した発掘調査で、溶けて破損した銅銭、鍛造破片などとともに、坩堝が見つかっており、鉄や銅を用いた金属加工が行われていたと考えられていた。新たに金も取り扱っていたことが分かったことで、さまざまな作業が行われていた可能性が高まった。岩櫃城では、特殊技能を有した職人が作業する場所が城内にあったと町教委などはみている。当主の近くで高度な金属加工が行われていた可能性があり、戦国時代の本丸の使われ方を探る手がかりにもなりそうだ。

岩櫃城は、岩櫃山(802メートル)の中腹にあり、戦国時代から江戸時代初期の山城。戦国時代には、上杉謙信に従う斉藤氏と、武田信玄に従う真田氏が当地をめぐり争ったとされる。真田幸村が幼少期を過ごしたともいわれている。